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第65回

保護者・家族との連携のあり方を考える ~社会福祉法人の在り方を巡って~

1.はじめに

 皆さんもご存じのように、社会福祉法人が黒字をため込んでいるという報道が2011年7月になされたのを契機として、社会福祉法人の在り方についての議論がなされてきました。
 特に2013年8月の社会保障制度改革国民会議報告書では、社会福祉法人について、「非課税とされているにふさわしい国家や地域への貢献が必要」との見解が示され、更なる地域への貢献が求められています。
 そして、「社会福祉法等の一部を改正する法律案」における社会福祉法人制度の改革の一つとして、「地域における公益的な取組を実施する責務」が位置付けられ、「社会福祉事業及び公益事業を行うに当たって、無料又は低額な料金で福祉サービスを提供することを責務として規定する」こととしています。
 ここで、社会福祉事業に携わる私たちが考えなければならないことは、「運営財源のほとんどを税金で賄っている『公器』としての社会福祉法人の本来担わなければならない役割、すなわち、社会福祉分野における先駆的、開拓的役割を何故喪失してしまったのか?」ということ、その原点を再確認することだと思っています。
 今回の一言では、私たち北摂杉の子会の設立の経緯を通して、社会福祉法人の本来あるべき役割とその創生に向けた課題について、特に法人運営と保護者・家族との連携のあり方について、考えてみたいと思います。

2.親の思いと法人運営 ~北摂杉の子会設立の経緯を通して~

 社会福祉法人北摂杉の子会は、1998年2月に設立しました。
 法人設立の原動力の中心は、大変重い知的な障がいや自閉症スペクトラム障がいのある子どもを持つ親たちでした。
 その思いは、「障がいがあっても地域の中で家族や友人・知人、地域の人たちとの繋がりの中で暮らすことのできる生活施設を作ること」でした。
 同時に、我が子の幸せだけではなく、「障がいのある人たちが地域の中で普通に暮らし続けるために必要とされる支援サービスを創造できる法人を作る」ことでした。
 法人設立と生活施設の実現には多額の自己資金が必要でしたが、親御さんたちは、障がいのある子どもを抱えながら、その資金作りのための様々な活動を日常的に行い、不足する資金については、多額の寄付をされました。
 行政からは、「施設入所については、その入所の緊急性のある人たちが優先される。寄付をしたことが入所の優先条件にはならない」との説明を受けていました。
それにもかかわらず、「自分たちの子どもの施設利用が叶わなくっても、私たちが理想とする法人が創設されれば、地域の中で暮らし続けるために必要な支援を受けることができる」との決断をして、法人設立と生活施設開設の準備を進めました。
 私は、この親たちの決断こそが現在の北摂杉の子会の組織文化となり、現在まで、様々な障がいのある人たちのニーズに向き合いながら支援サービスを創造し、必要とされる福祉事業所の開設が出来たのだと確信しています。

3.ステークホルダーとしての親の思いと法人・福祉事業所運営について

 皆様ご存じのように、ステークホルダーとは、「組織の利害と行動に直接・間接的な利害関係がある者であり、利害関係者」を言います。
 社会福祉法人のステークホルダーは、利用者、職員、利用者家族、納税者(地域住民等)、行政などが考えられます。
 言うまでもなく、社会福祉法人は、これらのステークホルダーの人たちからの理解と支援がなければ、存続しえないことになります。
 社会福祉法人と関係するステークホルダーの中で、最も法人・福祉事業所運営に影響力があるのが親・家族であるのではないかと私は思っています。
 特に知的障がいのある人たちを支援している法人・福祉事業所の多くは、親の会が設立の母体であったり、福祉事業所利用者の親御さんから法人・福祉事業所の設立や運営についてご寄付を頂いたり、様々な活動を通して支援していただいています。
 また、親御さんからそのような様々な支援やご理解がなければ、利用者に対するより質の高い支援の継続的な提供が難しいという現実的な運営的な課題も抱えていることも推測できます。
 ですから、利用者家族、特に親御さんからの組織運営に対する理解と支援を得ることが組織の安定的発展にとって重要である反面、先に言いましたように組織運営に大きな影響力があることから、組織の在り方を大きく左右する存在でもあります。
 最近、私は、「ステークホルダー・マネジメント」という手法を知りました。
 ステークホルダー・マネジメントを簡単に言いますと、「ステークホルダーとの関わりを円滑にして、プロジェクトの成功に導く」手法です。
 私は、社会福祉法人を経営する上で、それぞれの組織の「理念」「使命・ミッション」「ビジョン」を実現するために、ステークホルダーのグループや個人に対して理解と協力を得るために具体的に「何を成すべきなのか?」を考え、働きかけをすることが、私たちにとってのステークホルダー・マネジメントであると言えます。

 

4.私たち法人における親・家族との連携のあり方 ~ステークホルダー・マネジメントを通して~

 私たち法人の成り立ちは、冒頭でお話ししましたように、障がいのある我が子の豊かな暮らしを願う親の思いが法人設立と生活施設開設の原動力となりました。
 そこで、ステークホルダー・マネジメントの視点から見て、どのようなことが法人・福祉事業所とステークホルダーとしての親・家族との肯定的関係を生み出すことができたのかを振り返って、考えてみたいと思います。

(1) 法人の理念・使命・ミッション・ビジョンの共有

 法人設立、生活施設開設に向けての活動の中で、親御さんたちが、障がいのある我が子の幸せだけではなく、「地域で暮らす様々な障害のある人たちへの継続した地域での暮らしの支援のための支援サービスの提供」を法人の使命・ビジョンとして掲げました。
 そのような思いの中から、私たちは、法人の理念を「地域に生きる」としました。
 また、利用者と地域で暮らす障がいのある人たちや家族の人たちのニーズをベースとして中期計画(5か年)の策定を行い、その計画の中で、法人としてのビジョンを明確に示すことで、親・家族の方々の理解と協力を得る努力をしてきました。
 このように親・家族の方々と、「私たちは何故存在するのか(理念)」「私たちは何を成すべきなのか(ビジョン)」を共有して、協力関係を積み上げてきたことが法人と親・家族との肯定的関係の形成に重要な役割を果たしてきたように思います。

(2) 調整役としての父親の役割

 法人設立・生活施設開設の準備段階から父親部会を組織して、全てのお父さんにそれぞれのキャリアを活かした役割を担って頂いていました。
 そのような経緯もあり、法人設立以来法人の理事長、副理事長は法人設立に関わった父親を中心にその任を担って頂きました。
 また、家族会の会長の多くが利用者の父親が担ってきています。
 このことも私ども法人の一つの特色です。
 法人・福祉事業所の組織運営の中で、法人・福祉事業所と親・家族との間で、また親・家族間で様々な問題が発生したときの調整役として父親が問題の整理・解決を自主的に担って頂いたことも、法人と親・家族との肯定的関係の形成に重要な役割を果たしてきたと思っています。

(3) 利用者中心の支援、支援の専門性

 親・家族の方々との関係で最も重要なことは、利用者の人たちへのより質の高い支援を提供することです。
 このことは、利用者の人たちの利益にとっても最も重要なことであります。
 ですから、法人と親・家族の方々と肯定的関係を築くうえで、利用者支援の質の向上が最重要課題といえます。
 私自身が「今、求められている支援」として重要であると考えているのが、以下の4点です。

① 改めて、権利の主体者である本人中心の支援⇒意思決定支援を構築していくこと。
② 合理的配慮に基づく支援⇒障がい特性に応じた対応(支援)と環境の提供。
③ 施設完結型の支援からの脱却⇒ノーマルな暮らしを支援する地域連携型支援の構築。
④ 支援の専門性の向上⇒障がい特性の理解に基づく支援と説明のつく支援(エビデンスベースの支援)。

 そして、これらを実現するためのマネジメント、すなわち理念・使命・ビジョンに基づいた運営とオペレーション力(現場力)を高めるための計画的組織的な人材確保と育成が重要であると考えています。
 利用者中心の支援、ニーズベースの支援を進める上で、利用者の方の「最善の利益」よりも親のニーズが優先することがあります。
 その時の進め方が上手くいかず、福祉事業所と親・家族との肯定的関係が崩れる時があります。
 その時に大切なことは、利用者の方の「最善の利益は何か?」についての丁寧な説明(エビデンスベースでの)をすること、その利用者に関係する支援者やその人を良く知る人たちも含めて、利用者にとっての「最善の利益は何か?」について、話し合うことも大切であると思います。

(4) 組織運営での親・家族の関わり

 法人・福祉事業所に対する親・家族の方々との肯定的関係を築くうえで重要なことは、法人・福祉事業所から可能な限り積極的に法人・福祉事業所運営や利用者支援に関わる情報の提供と説明をすることだと思います。
 私ども法人では、それぞれの福祉事業所の家族会総会や定例会を利用して、法人の事業計画、収支計画、事業報告、決算報告や利用者支援についての「各福祉事業所の事業計画・事業報告・ヒヤリハット報告等」、積極的な情報提供と丁寧な説明を心がけています。
 生活施設「萩の杜」では、施設内の「安全対策委員会」に親・家族のご参加を頂いています。
 法人・福祉事業所と親・家族との肯定的関係を築く上で、基本となるのが情報の共有であると思います。
 先ず、お互いが同じ情報を共有することが、肯定的関係を築く上でのベースであると思っています。

5.最後に:何故「公器」としての社会福祉法人の役割を喪失したのか? ~ステークホルダー・マネジメントの視点から考える~

 これまでステークホルダー・マネジメントという見方から、社会福祉法人・福祉事業所におけるステークホルダーとしての親・家族との肯定的関係を築くうえで何が重要であるかについて、私ども法人における取り組みを通してお話してきました。
 冒頭でお話ししました社会福祉制度改革の議論で指摘されている「公器としての社会福祉法人の役割の喪失」、すなわち、「何故、社会福祉法人が公器としての社会的役割を喪失したのか?」について考えるとき、その原因の一つとして、ステークホルダー・マネジメントの課題があるように思っています。
 その課題は二つあるように思います。
 その一つは、親・家族というステークホルダーに対するマネジメントの課題、二つ目は、納税者(地域住民)というステークホルダーに対するマネジメントの課題にあるように思います。
 冒頭で私が指摘しましたように、社会福祉法人・福祉事業所に関係するステークホルダーの中で、親・家族と納税者(地域住民)が最も社会福祉法人の経営に影響力を持っていると思うからです。
 ですから、この二つのグループのステークホルダーとの肯定的な関係を築くことが、社会福祉法人経営の持続的発展にとって重要なマネジメントの課題としてあります。
 そして、この二つのグループのステークホルダーとの肯定的関係を築き得なかった事が、社会福祉法人制度改革の中で指摘されている「社会福祉法人の公器としての社会的責任の喪失」の一つの要因に繋がっていると推測しています。
 親・家族との関係で考えると、ステークホルダーとしての親・家族があまりにも自分たちの子ども(利用者)の利益を最優先するあまり、地域の様々な障害のある人たちや家族のニーズに向き合わないということに直面することがあります。
 その結果として、社会福祉法人の社会的使命である「公器としての役割」、即ち、「地域社会の様々な支援ニーズに向き合いながら、公的な制度がなくても必要とされる支援サービスを創造する」という先駆的・開拓的な役割を喪失してきたと思っています。
 また同時に、そのことが納税者(地域住民)の社会福祉法人に対する理解の喪失へと繋がったのだと思っています。
 皆様もご存じのように、今、国家予算の中で障害福祉関係財源を確保することが大変厳しい状況にあります。
 再び障害福祉サービスを利用する障がいのある人に対する自己負担のあり方についての議論が広がってきています。
 このようなますます厳しさが増す社会福祉法人を取り巻く状況の中で、ステークホルダーとしての納税者(地域住民)の理解と協力を得ることが、社会福祉制度を維持し、社会福祉法人経営の持続的発展にとって最重要課題としてあることについては、皆様にも十分ご理解いただけることだと思います。
 社会福祉経営に携わる私たちは、正直なところステークホルダーとしての納税者(地域住民)との肯定的関係をどのように構築していくのかについての経営的視点が希薄だったように思います。
 今後は、社会福祉法人経営の中で、この課題に向きあうこと、即ち、本来的な社会福祉法人としての社会的責任と役割である「公器としての社会福祉法人」という原点に立ち返った社会福祉実践を積み上げることにあります。
 そのためには、今回のテーマである「保護者・家族との連携のあり方」、「社会福祉法人と保護者・家族との肯定的関係」について、再度振り返って考えることがその課題解決の糸口になるように思っています。

掲載日:2016年04月14日