行動的課題を伴う自閉症スペクトラム障害のある人たちへの支援者養成について考える ~強度行動障害支援者養成研修を通して~
2012年10月に「障害者虐待防止法」が施行されて、2年6か月が経過しました。
この法律の施行により、全国の都道府県や市町村、障害者団体、社会福祉事業所において、様々な障害者虐待防止研修が実施されるようになりました。
特に社会福祉事業所では、職員の利用者支援のあり方や具体的な対応についての振り返りを通して、利用者の人権を中心に据えた支援のあり方や支援の質の向上に向けた取り組みがなされるなど、この法律が施行されたことの意義の大きさを実感しています。
しかし、厚生労働省がまとめた24年度、25年度における全国の障害者虐待についての実態報告を見ると、親や家族などの養護者・社会福祉事業所従事者による虐待事案の被虐待者の約25%の人たちが「行動障害のある人」となっている現状があります。
このような課題を解決するために、厚生労働省は、昨年度、「強度行動障害支援者養成研修」という支援者研修の施策を新設しました。
この研修は、「基礎研修」と「実践研修」で構成されていますが、既に平成26年度は、30都道府県で「基礎研修」が実施されています。
この研修の目的については、「強度行動障害を有する者等に対する支援者の人材育成について」(平成25年2月25日の障害保健福祉関係主管課長会議資料)で挙げられているように、上記した「虐待防止」とともに、「行動障害のある人たちの福祉サービス利用の推進」「適切な支援による行動障害の改善」に向けた支援に関わる職員の専門性の向上にあります。
この研修のプログラムとテキスト開発については、独立行政法人国立重度知的障害者総合施設「のぞみの園」が、平成25年度・26年度の厚労省障害者総合福祉推進事業「強度行動障害支援者養成研修プログラム及びテキストの開発について」を受託し、26年度は「実践研修」の検討を行っています。
私は、25年度から、研究検討委員としてこの研究に関わる機会を得ましたので、今回、私が25年ほど前から本格的に関わり始めた強度行動障害を伴う人たちへの支援を振り返りながら、「強度行動障害支援者養成研修」の意義と今後の人材育成の課題とあり方について、お話ししたいと思います。
私が本格的に強度行動障害のある人たちとの関わりを始めたのは、1989年9月に社会福祉法人京都杉の木会が同年4月に開設した知的障害を伴う自閉症スペクトラム障害のある人たちの支援に特化した知的障害者入所更生施設「京北やまぐにの郷」(定員50名)の施設長に就任した時からです。
「京北やまぐにの郷」の利用者の約6割の人たちが重い知的障害を伴う自閉症スペクトラム障害のある人たちであり、何らかの行動的な課題の伴う方々でした。
特に、その半数の方々は様々な行動的な課題を複数に併せ持つ「強度行動障害」の方々でした。
私が「京北やまぐにの郷」に施設長として赴任した同年、日本女子大学教授で、当時知的障害児入所施設「弘済学園」園長の飯田雅子先生を主任研究員とした行動障害児(者)研究会がキリン記念財団の助成事業で、行動障害についての先行研究を行い、「強度行動障害児(者)の行動改善および処遇のあり方に関する研究」という研究報告書をまとめました。
その報告書の中で、「強度行動障害の定義」がなされましたが、皆様に改めて、その定義をお示ししたいと思います。
強度行動障害とは、直接的他害(噛みつき、頭つきなど)や間接的他害(睡眠の乱れ、同一性の保持、例えば場所、プログラム、人へのこだわり、多動、うなり、飛び出し、器物破損など)や自傷行為などが、通常考えられない頻度と形式で出現し、その養育環境では著しく処遇困難な者をいい、行動的に定義される群である。必ずしも医学による診断から定義される群ではない。」主として、本人に対する総合的な療育の必要性を背景として成立した概念である(飯田他1988)
「京北やまぐにの郷」の利用者の人たちも、強度行動障害の定義にあるように、他者に対する激しい噛みつき行動や網膜剥離を伴うような激しい自らの顔面への叩き、自らの歯を手で抜くというような様々な行動を示す人たちが多く暮らしていました。
昼夜が逆転して、夜中に大声を出して飛び跳ねる人、その声で睡眠できない利用者の人たちが起きてくるなど、職員はその対応に昼夜追われているという状況でした。
私は、このような利用者の示す激しい行動を目の当たりにして、何とか普通の暮らし、より質の高い暮らしの提供を実現するために、利用者の示す激しい行動的な課題を改善しようと決意しました。
当時は、このような行動的な課題を改善する支援技法は確立されていませんでした。
ですから、この報告書は支援を進める上で、大変参考になりました。
私が赴任してすぐに取り組んだことは、取りくみ易いところから環境を整えていくことに着目して、生活の中の日中活動の取り組みを充実させようと考えました。
昼夜逆転の要因の一つに日中における動的な活動の不足があるのではとの仮説立てをして、椎茸栽培の活動を取り入れて見たりしました。
利用者の特性や興味、強みを活かして、木工作業、織作業、アメリカンミニュチュアホース牧場での馬房掃除や牧柵作りなど、見通しの持ちやすい活動を提供しました。
生産活動を中心として、日中の生活を整えることで、利用者の示す日中活動の時間帯における行動的な課題は改善されていきました。
先にもお話ししましたように、当時は行動的な課題を伴う人たちに対する支援技法は確立されていませんでしたが、私にとって、この課題を解決する手掛かりを得る大きな出会いがありました。
一つは、アメリカのノースカロライナ州で開発・発展してきた自閉症スペクトラム障害のある方たちに対する生活支援制度である「TEACCH(Treatment and Education of Autistic and related Communication handicapped Children)プログラム」です。
1989年にノースカロライナ州のTEACCHセンターで、その理念と支援技法を学んでこられた支援者が中心となって、「指導者研修セミナー」が開催され、その後全国各地で実践セミナーが開催されましたが、京都で行われた実践セミナーの実行委員として関わる機会を得たことです。
先にTEACCHプログラムは生活支援制度であると言いましたが、TEACCHプログラムは、「家族と協力して、自閉症の人たち一人ひとりの人生全体に包括的な支援を継続していくシステム」です。
そして、その原理は、「地域における自立的な生き方、暮らしを支援すること」であり、その目的は、「一人ひとりの自己実現としての自立生活の実現」にあります。
私は、大学でのサークル活動を通して、多くの障害のある友人や障害のある人たちと出会い、「障害のある人たちと共に生きる地域・社会の実現」を私自身のミッションとしていました。
ですから、このTEACCHプログラムとの出会いは、様々な行動的な課題のある人たちの支援に立ち向かう上で、私自身の支援実践にとって、大きな支えになりました。
もう一つは、茨城県にある大変重い知的障害を伴う自閉症スペクトラム障害のある人たちの支援に特化した知的障害者入所更生施設「あいの家」施設長の故岡本亨さんとの出会いです。
岡本さんは先程お話した「弘済学園」で勤務された後、自閉症スペクトラム障害のある子どもを抱えた親たちとともに「あいの家」の開設準備から関わられていました。
ですから、「あいの家」の実践は、飯田先生たち「弘済学園」での実践を基盤として、展開されていました。
何度か「あいの家」に伺い、泊まり込んで支援の実際について学び、その実践を「京北やまぐにの郷」の支援に取り入れることとしました。
「あいの家」の支援の基本は、ユニット・ケアによる生活支援と職住分離(暮らしと活動の場の分離)、ユニット(生活)と日中活動の担当をそれぞれ専任とする支援体制、それぞれの利用者の障害特性とニーズをベースとした個別支援の徹底でありました。
すでに「職住分離」については、「京北やまぐにの郷」で実践をしていましたので、生活と日中活動の専任・担当制を導入しました。
生活ユニットについては5ユニット(1ユニット10人)として、食事や過ごしの支援も生活ユニット毎に、それぞれの利用者の特性に配慮して援助を行いました。
また、TEACCHブログラムの「構造化」による支援も少しずつ導入していきました。
「構造化」とは、自閉症スペクトラム障害の障害特性に基づいて、「今、何をする時間か、次にどうなるのかなど、活動や生活の中のしくみなどをその人に分かりやすく示す方法」です。
利用者50人の集団の活動・生活から、10人単位のユニットでの個々に配慮された支援と環境の提供により、これらの実践を始めて1年後には、利用者の様々な行動的な課題の改善が図られ、少しずつ落ち着いた暮らしへと変化していきました。
この実践については、日本精神薄弱者愛護協会(現日本知的障害者福祉協会)の機関誌「精神薄弱福祉研究AIGO」(1995年2月号)にて報告を行いました。
その後、その報告を読まれた多くの施設職員の方々が「京北やまぐにの郷」に見学に来られるなど、大きな反響を呼びました。
同時期に、厚生労働省は、前述した「強度行動障害児(者)の行動改善および処遇のあり方に関する研究」の成果を踏まえて、「強度行動障害特別処遇事業」を創設しました。
この国の動きと連動するように、京都府においても「京都府強度行動障害者処遇調査研究会」を1992年に立ち上げ、2年間にわたり、強度行動障害を伴う重い知的障害のある人たちや重症心身障害児の支援に係わる知的障害児・者施設の職員、精神科医、精神薄弱者更生相談所職員等8名の研究メンバーで、強度行動障害のある人たちの支援のあり方についての調査・研究を行いました。
この研究会の立ち上げの発端は、私と現京都ライフサポート協会理事長樋口幸雄さん(当時、南山城学園部長)とが、「行動障害のある人たちの豊かな生活を実現したい。そのための支援の糸口を見つけ出したい」との強い思いを持って、京都府に何度も働きかけた結果、実現したものでした。
この研究会を終えて、樋口さんが語った言葉を今でも鮮明に覚えています。
「松上さん、結局、普通の暮らし、環境が大切やという事や!」と。
私も樋口さんと同じ思いを持っていました。
樋口さんと私が伝えたかったことは、今で言う「合理的配慮」を基本とした支援、いわゆる「普通の暮らしを基本とした障害特性に応じた対応と環境の提供」の重要性であったと思います。
この二人の思いは、樋口さんの「横手通り43番地『庵』」をはじめとする行動障害を伴う重い知的障害・自閉症スペクトラム障害のある人たちの地域での暮らしの支援、グループホームの実践へと繋がっています。
また、私が属する社会福祉法人北摂杉の子会の生活施設「萩の杜」やグループホーム「レジデンスなさはら」における利用者支援の実践に活かされています。
国の制度としては、前述した「強度行動障害特別処遇事業」が1993年から5年間実施されましたが、全国で17施設の事業実施で終えることになりました。
その後、障害者自立支援法における重度障害者支援費加算(Ⅱ)と形を変えて、入所施設での重複加算として引き継がれましたが、強度行動障害のある人たちへの支援は、それぞれの福祉事業所における実践に委ねる結果になったと言えます。
前述しましたように、平成24年10月1日、「障害者の虐待防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律(障害者虐待防止法)」が施行されました。
この法律の内容につて、少し詳しくお話ししたいと思います。
この法律の基本的な特徴は、以下の点です(障害者虐待防止法活用ハンドブックより)
(1)障害者の権利・利益の養護を目的としたものであり、虐待者の処罰や排除をするものではない。
即ち、「虐待をした人を罰してやる」という法律ではなく、あくまでも障害のある人の権利擁護を目的としていることにあります。
もちろん虐待をした人は傷害であれば刑法で罰せられるなど、他の関係する法律で、罰せられることにはなります。
(2)養護者の支援も虐待対応における一つの役割であることを明示している。
親や家族等、養護者が虐待をした場合、その背後に虐待を起こさざるを得ない福祉サービスの不足という状況があることが推測されます。
ですから、養護者も安心して地域社会での暮らしができるための必要な福祉サービスを整備する必要があることが、法律の目的に明記されています。
また、その整備についての国、都道府県、市町村の責務を明確にしました。
(3)法3条で、障害者の虐待をすべての国民においてなくすことを宣言。
障害のある人たちに対する虐待の防止を全ての国民の責務としました。そして、国民に対して虐待を発見した時の市町村への通報義務を課しています。
(4)「正当な理由のない身体拘束」は「身体的虐待」にあたることを明文で規定。
障害のある人に対する身体拘束・行動制限を「身体的虐待」であると明文化しました。
その一方で、厚生労働省は「やむを得ない場合の身体拘束」についてのガイドラインを
示しています。
そのガイドラインは、以下の内容になっています。
(1)切迫性
本人または家族等の生命・身体が危険にさらされる可能性が著しく高いこと。
(2)非代替性
身体拘束その他の行動制限を行う以外に代替する介護方法がないこと。
(3)一時性
身体拘束その他の行動制限が一時的なものであること。
(4)説明と同意
以上の三つの要件について検討したうえで、利用者・家族への説明と同意を得たうえで、「様態及び時間、その際の利用者の心身の状況並びに「やむを得ない理由、その他必要な事項を記録する」こととしています。
私は、NPO法人P and A-Jが実施した平成22年度障害者総合福祉推進事費補助金事業「サービス提供事業所における虐待防止指針および身体拘束対応指針に関する検討」に関わり、研究の一環として、虐待防止に関するアンケート調査を福祉事業所に対して行いました。
その調査で、身体拘束に関して、「身体拘束の廃止が困難な理由」を問いました。
その回答で最も多かったのが、「ほかに有効な方法が見当たらない」(42%、1,612事業所から回答)という理由でした。
このような身体拘束や行動制限をせざるを得ない利用者の示す「行動障害」は、利用者本人の問題ではなく、「合理的配慮」がなされなかった結果として、誘発されたものだと言えます。
即ち、利用者の障害特性に応じた支援と適切な環境の提供がなされなかった結果であります。
私はこの研究の中で、厚生労働省が示している「身体拘束に関する三要件」を踏まえると同時に、利用者の示す「問題」行動の改善に向けた「行動支援計画書」の作成と、それに基づいた支援がなされることを「やむを得ない身体拘束」を行う上での前提と考えました。
即ち、適切な支援と環境の提供がなされない中で行われる「身体拘束」は、三要件を満たしていたとしても、「身体的虐待」、「ネグレクト」、「心理的虐待」にあたるという事です。
先にも述べましたが、私は、この障害者虐待防止法が施行されたことで、多くの福祉事業所において、支援者が利用者に対する支援の振り返りを行い、虐待の芽としてある「不適切な対応」に対する気付きを深め、そのことをして、より質の高い支援を目指そうという機運が高まってきたと感じています。
しかし、「行動障害」のある利用者に対する支援者の専門性の向上は、課題として残っています。
また、「行動障害」のある利用者の被虐待リスクは高いというのが現状です。
そのような状況の中で、行動的課題のある利用者に対する支援者の支援技術の向上と障害者虐待防止を目的として、前述した「強度行動障害支援者養成研修」が創設されました。
25年前に飯田雅子先生を中心とした初期研究「強度行動障害児(者)の行動改善および処遇のあり方に関する研究」がなされましたが、四半世紀を経て、やっと「強度行動障害支援者養成研修」という養成研修制度が創設されたことになります。
私にとっては、念願の研修制度であり、特に、この制度創設に関われたことは、大きな喜びでもあります。
この「強度行動障害支援者養成研修」で最も大切な学びの視点は、行動障害を誘発させない支援、即ち、障害の特性理解に基づいた適切な支援と環境の提供についての理解にあります。
また、行動障害改善の目的は、行動の改善だけではなく、そのことを通して、「地域における自立的な生き方、暮らしを支援すること」であり、「一人ひとりの自己実現としての自立生活の実現」にあります。
そのような観点から「強度行動障害支援者養成研修」を評価しますと、以下の点が上げられると思います。
その第1は、多くの支援者が自閉症スペクトラム障害を中心とした障害特性の理解とその支援の基本を学ぶ機会を提供したことにあると思います。
第2点目は、行動的な課題のある人たちの地域での暮らしを支える様々な福祉事業所の支援員の人たちが、共通した支援の視点から利用者支援に当たることができるという事にあると思います。
しかし、この養成研修は、基礎研修2日間、実践研修2日間の計4日間の研修プログラムですので、強度行動障害のある人たちの行動改善と地域での暮らしを支える支援技術を獲得するためには、その後の継続した現任訓練が必要となります。
ですから、今後は、都道府県における研修終了者に対する継続的な現任研修の仕組みの創造が重要な課題になると考えています。
私の経験からして、現任訓練の基本は、OJTを基本としたスーパーヴィジョンにあると思っていますので、特に、各福祉事業者のスーパーヴィジョンを担うスーパーヴァイザーの養成が急務の課題であると思っています。
また、現在、多くの福祉事業所で、利用者支援を直接担っている非常勤支援員に対する研修も重要です。
例えば、そのための研修教材として、DVDの作成も研修の普及に活用できるのではないかと思っています。
また、研修で使われる実際の支援場面の映像は、都道府県では得にくいのではないかと思っていますので、都道府県研修でDVDの映像の活用ができるのではないかと考えています。
研修の内容については、利用者がパニックになり、他の利用者や支援員に暴力行為が及ぶ時などの緊急介入の方法として、本人と他の人の安全を守るために行う保護的介入(Protective Intervention)についての実技講習の検討が必要だと思っています。
最後になりますが、身体拘束・行動制限に関連して、障害者虐待防止の観点から、福祉事業所での利用者に対する行動制限や身体拘束については、市町村への届け出を義務化することを是非、検討して頂きたいと思っています。
そのことで、行動障害のある利用者に対する支援の実態把握が可能となり、スーパーヴァイザーの派遣等の取り組みによって、福祉事業所の支援力のアップと虐待防止につながると考えています。
以上、私自身が上げました課題について、関係機関における今後の検討に期待しつつ今回の一言を終えたいと思います。