Decent work(ディーセント・ワーク)を通して、利用者Aさんのボランティア・ワークについて考える
昨年、独立行政法人福祉医療機構「社会福祉振興助成事業」の助成金を頂き、NPO法人コミュニティワークスが中心となり、「就労継続支援従事者(管理者・職員)研修事業」の中で、「B型事業所における障害のある人たちの就労は訓練か労働か」をテーマとした意識調査と研修事業のお手伝いをさせて頂きました。
私たちの研究の狙いは、就労継続支援B型事業所における利用者に支払われる工賃の低さの原因の一つとして、B型事業従事者の障害のある人たちの就労に対する意識、即ち、「訓練」という考え方と「就労」という考え方が工賃の額の違いに影響を与えているのではないかと言う仮説を検証することでした。
そして、今年度は、昨年度の研究結果を引き継ぎ、障害のある人たちのディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)とは何かについての研究を進めています。
このディーセント・ワークは1999年に国際労働機関(ILO)総会において21世紀のILOの目標として提案されました。
厚生労働省のホームページには、ディーセント・ワークについて、以下のように定義されています。
ディーセン・ワークの実現は、(1)雇用の促進、(2)社会的保護の方策の展開及び強化、(3)社会対話の促進、(4)労働における基本的原則及び権利の尊重、促進及び実現の4つの戦略的目標を通して実現されると位置づけられている。
このようにディーセント・ワークとは、人間らしい生活を継続的に営むことのできる人間らしい労働条件のことであり、具体的には労働時間、賃金、休日日数、労働条件などが人間としての尊厳と健康を損なうものではなく、人間らしい生活を持続的に営める社会や環境の実現を目指すものです。
このように定義されているディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)は障害のある人たちの働きにも当然のこととして基本となる概念だと思います。
ですから、障害のある人たちの就労支援に関わる私たちは、「障害のある人たちのディーセント・ワークとは何か?」、「その実現のために何を成すべきか?」を考え、その実現に向けて努力しなければならないと思っています。
今回の福祉医療機構社会福祉振興助成事業「B型事業所のディーセント・ワーク研修事業」を中心的に担っていただいている株式会社テミル・プロジェクトマネージャーである中尾文香さんは、ILOが提唱しているディーセント・ワークに基づいて、B型事業所の目指すべきディーセント・ワークの項目を7項目まとめられています(日本知的障害者福祉協会「知的障害福祉研究 Support」2013.8月号)
それは、以下の7つの項目です。
(1) 各々の多様性が尊重され、個人の尊厳が守られていること。
(2) 家族も含めて、社会保障や福祉サービスなど必要な保障やサービスが受けられること。
(3) 働く環境が安全・安心であること。
(4) 生産的な仕事(働きたい仕事)ができ、働きがいや働く喜びが得られること。
(5) 一生懸命働いた対価として、正当な給料(工賃)がもらえること。
(6) 質の高い教育や訓練を受ける機会があり、キャリアアップが目指せること。
(7) 働くことを通して社会参加できること。
私は、このディーセント・ワークという概念に基づいて、改めて「福祉的就労」と言う概念について考えて見ました。
皆様もご存じのように、就労継続支援事業B型事業所などの福祉サービス事業所で事業所の支援員から支援を受けながら障害のある方が働くことを「福祉的就労」と言っていますが、私は以前からこの言葉に違和感がありました。
今回、ディーセント・ワークという概念を考える中で、その漠然とした違和感が何であったのかが明確になりました。
それは、「福祉的就労」は障害のある人を保護の対象として捉え、「仕事を与える」という従来の「授産」という概念を基本としたものだという気付きです。
ですから、障害のある人を保護の対象として捉える「福祉的就労」という概念に基づく支援は、極端な言い方をすれば、「与えられた仕事を障害のある人はこなせばよい」、「工賃が低くても仕方がない」という支援に陥る危険性があるのではないかと思います。
一方、ディーセント・ワークという概念は、働く主体者・権利の主体者として障害のある方を捉えています。
中尾さんがまとめられたB型事業所が目指すべきディーセント・ワークの7項目の基本的視点についても、働く主体者・権利の主体者として障害のある人の労働の概念と支援のあり方をまとめたものであると言えます。
今後、私たち支援者は、ディーセント・ワークの概念に基づいて、障害のある人たちそれぞれの障害特性に基づく「強みを活かす」支援、働けないことを障害の問題とすることなく、「生き生きと働くことのできる環境」の提供、そして、一人ひとりの「働きたい仕事の提供」というニーズベースの支援を目指すべきだと思います。
そして、その結果として、障害のある人たちが、その働きに応じた適切な工賃を得ることができ、働くことを通して社会参加や自己実現が可能となる多様性が尊重される社会(ダイバーシティー diversity)の実現に繋がっていくものであると私は確信しています。
最後になりましたが、私ども法人が運営する生活施設「萩の杜」(施設入所支援・生活介護事業)で暮らしている利用者Aさんのボランティア・ワークを通して、ディーセント・ワークについて考えて見たいと思います。
Aさんは4年前から毎週金曜日に高齢の方々の福祉事業所である「デイサービス喜楽庵」に通い、昼食後の食器拭きのボランティアをされています。
Aさんのボランティアの様子については、私ども法人機関紙「ひゅーまん・ねっとわーく・地域に生きる」54号に、「デイサービス喜楽庵」所長の行者農さんが寄稿されていますので、その記事から一部をご紹介いたします。
喜楽庵に萩の杜ご利用者さんが来られるようになったのは、今から4年前のことです。はじめは、デイサービスで自立支援のお手伝いになるかわかりませんでしたが、社会に貢献したいと思う気持ちに感銘を受け、来ていただくことになりました。それからは、雨の日も、雪の日も、台風でも、萩の杜から一時間半もかけて、高槻の北から南へバスを乗り継ぎながら来てくれました。職員の方からは、「いつもガチャガチャを楽しみに来ているのですよ」と伺っています。
ガチャガチャというのは、昼食後の食器拭きのことです。この言葉を聞いて、最初は、私達がすべきことをしていただいて悪いなと思ったこともありましたが、今では食器拭きという仕事を引き受けるということで、自然と喜楽庵の一員になっていることに気付かされました。そして、いつも明るく笑いながら、生き生きと食器を拭いている姿に、人生の楽しさを教えていただいているような気がします。これからも、その笑顔で皆を癒しに来てください。
私は、人が生きる上で大切なことの一つとして、他の人から期待される役割があるということだと思っています。
ですから、ディーセント・ワーク(生きがいのある人間らしい仕事)において、大切にされなければならないことの一つとして、自らの仕事が他の人から、社会から期待される働きであるということだと思います。
Aさんは、ボランティア・ワークという「働き」を通して、他の人たちに働きかけ、社会参加されていますが、Aさんの4年間の働きを支えているのは、まさに他の人たちからのAさんに対する役割期待があったからではないかと思います。
皆様もご存じのように、私ども法人の理念は「地域に生きる」でありますが、Aさんのボランティア・ワークと言う働きとそれを支える職員の働きは、まさに「地域に生きる」という理念に基づくものであると言えます。
これからもAさんのボランティア・ワークという一つの社会参加のカタチを初めとして、利用者の皆さんのニーズベースでの様々な社会参加のカタチを実現していきたいと思っています。
また、現在、私ども法人では、若い職員を中心とした「高付加価値な就労現場作りプロジェクト」の中で、障害のある人たちの障害特性の強みを活かした高収入に繋がる付加価値の高い仕事づくりの検討を始めていますが、今回、お話しした障害のある人たちのディーセント・ワーク(生きがいのある人間らしい仕事)の実現に向けた取り組みを少しでも皆様とともに進めることができればと思っています。