私たちのコア・バリューを考える
先日、大阪弁護士会所属の9名の弁護士の皆様が高槻地域生活総合支援センター「ぷれいすBe」と「レジデンスなさはら」の見学に来られました。
見学を終えて、一人の弁護士さんから、「施設の臭いがしませんね」という感想を頂きました。
特に、生活施設「萩の杜」を見学された方々からも同じ感想を頂くことがあります。この感想を見学者の方々から頂いたときは、私自身本当に嬉しく思います。
以前の「松上利男の一言」でもお話したことがありますが、「萩の杜」開設時に私たちが利用者支援の基本として大切にしていたことの一つが「常に臭いのしない、綺麗な(清潔な)施設環境を提供する」ということでした。
ですから見学者の方から頂いた感想からして、「萩の杜」を開設して14年経過した今、開設時から私たちが大切にしていた「臭いのしない、綺麗な環境の提供」という支援実践が、法人内の他の事業所の支援実践の中に継承されているということになります。
法人理念である「地域に生きる」の実現という理想に燃えて、「萩の杜」を開設したときの職員数は25名ほどでしたが、現在は法人全体で300名を超える規模になってきま した。
このように法人規模が拡大する中で、法人創設時に私たちが利用者支援において大切にしてきた私たち自身の中核となる価値、いわゆるコア・バリュー(Core Value)を継承し、ゆるぎのない確たる質の高い支援提供体制をどのように構築するのかということは、法人の今後の発展にとって中心的な課題であると思っています。
また、「信頼され尊敬される法人を確たるものとする」という第3次中期計画のビジョンの実現にとっても重要な課題であります。
私どもの法人の支援サービスを利用されている利用者とその家族の皆様に対するサービス提供で重要なことの一つに、どの事業所をご利用頂いても均質の支援サービスを提供することにあります。
均質のサービス提供を行うためには、支援プロセスの標準化、様々な支援における支援マニュアルが必要になってきます。
従って、私ども法人や法人事業所にも様々な業務マニュアルや支援マニュアルがあります。
しかし、そのような状況の中で私が危惧していることは、組織が大きくなるにしたがって様々な業務や支援マニュアルの必要性が高くなることが現実としてありますが、問題は、それらのマニュアルへの依存が高まる中で、その根底にある私たちのコア・バリューを見失ってしまう危険が常に存在するということです。
私が今回、私たちのコア・バリューについて、もう一度原点に戻って考えてみようと思った動機は、前述しましたように、「今後の法人経営にとって、特に私ども法人の第3次中期計画における法人のビジョンとして掲げた『信頼され尊敬される法人を確たるものとする』を真に実現したい、そのために職員間で日々の実践を振り返り、『私たちのコア・バリュー』について議論したい」と強く思ったからです。
それでは、私自身の視点から私ども法人のコア・バリューを考えてみたいと思います。
「私たちは何故存在するのか?」、「私たちは何をなすべきなのか?」を考えることが、「私たちのコア・バリュー」を考える上で基本となります。
ですから、私たちのコア・バリューは、「法人の理念」や「法人設立趣旨」、「法人の使命」、「法人の事業の方向性」、「求める人材像」の中にある共通する価値になります。
この共通する価値、すなわち「私たちのコア・バリュー」については、私たち法人の最初の開設施設である生活施設「萩の杜」の運営方針に集約されていると思っています。
「萩の杜」運営方針のキーワードとして、「統合化」、「個別化」、「専門性」、「人権」、「地域」、「連携」が挙げられていますが、そのキーワードについて、以下の説明がなされています。
統合化:ご利用者の障害状況に関係なく、ご利用者に対する支援を地域社会との繋がりの中で行うことを基本とします。
個別化:ご利用者のそれぞれのニーズに基づいた個別的な支援を推進します。
専門性:ご利用者の持つ様々な障害や心理的社会的問題、ニーズを理解し、ご利用者自身がその問題を解決し、そのニーズを実現するための専門的な支援技術の向上に努力します。
人権:ご利用者の人権を中心に据えた支援を行います。ご利用者の個性、年齢に応じた支援を推進します。また、社会に対する啓発運動を積極的に行います。
地域:地域で暮らす知的な障害を持つ人やそのご家族に対して、施設の機能、専門性を活用し、積極的な支援を行います。
連携:ご利用者本人を中心として、ご家族や関係機関、地域住民との連携を大切にし、トータルケアを推進します。また、支援を行う上で、職員間の連携を大切にします。
上記6つのキーワードを基本にして、私の考える私ども法人のコア・バリューを考えたいと思います。
私ども法人の理念は「地域に生きる」ですが、「地域」、「統合化」、「連携」の3つのキーワードがその理念を実現するためのコア・バリューとなります。
私たちの目指す社会は、「障害があっても一人の人間、市民として、生まれ育った地域の中で、家族や多くの友人、隣人あるいは地域の人たちとともに普通の生活が送れるような優しさのある社会」の実現にあります。
ですから、私たちは「統合化」が示すように「施設完結型」の支援ではなく、「利用者に対する支援を地域社会との繋がりの中で行うこと」を基本にした支援を提供することが私たちのコア・バリューの一つとなります。
その具体的な実践が「萩の杜」における「職住分離」の取り組み、すなわち生活施設「萩の杜」は暮らしの場であり、日中活動の場を地域の中に求めることにより、よりノーマルな暮らしを実現する取り組みです。
また通所事業所における就労支援(働くカタチの一つ)としてある企業内におけるグループ就労の取り組みもこのコア・バリューから導き出されたものです。
そして、「地域」というキーワードが示す「地域で暮らす障害のある人やその家族に対して、施設の機能、専門性を活用し、積極的な支援を行う」というコア・バリューとしての実践は、「ジョブジョイントおおさか」で現在実践している発達障害のある大学生に対するインターンシップ制度を活用した就労体験プログラムなどとしてあります。
また、「研修相談支援室」が行っている市町村教育委員会と連携した学校に対するコンサルテーション事業(発達障害のある児童、生徒への支援)や不登校などの課題を抱える中・高生に対する支援もそのコア・バリューから導き出された実践です。
これらの実践に見られるように私ども社会福祉法人の社会的責任として、障害のある人たちから求められる支援ニーズに対して、そのニーズに対応する支援制度がなくても法人独自で支援サービスの創造とサービス提供を行うこと、すなわち「必要とされる支援モデルの発信と創造」の取り組みを通して、制度化を図っていくという実践を進めてきました。
これらの取り組みも私ども法人のコア・バリューとしてあります。
「連携」というコア・バリューが示している「障害のある人たちを中心に据えて、家族、地域住民、支援関係機関などとの連携と協働によって、生涯にわたる包括的な支援サービスと支援システムを創造する」という取り組みは、私たちの事業の方向性としてある「地域・一般化」、「広域・特化」として既に様々な形で実践されています。
ここで改めてご説明しますと、「地域・一般化」とは、高槻・島本福祉圏域及び隣接する地域で暮らす障害のある人たち・家族の人たちに必要とされる地域生活支援サービスと支援システムの創造を目指すものです。
「広域・特化」とは、現在までほとんど支援サービスがなく、福祉の谷間にあった自閉症・発達障害の人たちとその家族にとって必要とされる支援サービス・支援システムの創造という自閉症・発達障害児・者に特化した支援を大阪府下という広域地域で提供することを目指しています。
最後に「個別化」、「人権」、「専門性」の3つのキーワードについてお話しします。
利用者の個別ニーズに基づく支援、いわゆる「個別化」は、私ども法人開設時から利用者支援において大切にしているコア・バリューです。
ですから私たちは利用者の方々の支援サービスの利用開始に際して、時間をかけて個別の評価に基づく支援計画とその人に適した環境の準備を整え、受け入れを行い、支援を行っています。
また、日常的な利用者の方の行動観察を通して、一人ひとりの真のニーズの把握に努め、そのニーズの実現に向けた支援を大切にしています。
そして、利用者支援は、職員のエピソードや思い込みによる仮説立てに基づいた場当たり的な対応ではなく、客観的で継続した記録と情報、個別化された評価に基づいた支援でなくてはなりません。
私は常々「説明のつく支援をすることが大切である」と職員の皆さんに伝えていますが、科学的でエビデンスベースの支援をすること、そのことが「専門性」という私たちのコア・バリューであると思っています。
その「個別化」、「専門性」、「地域」、「連携」、「統合化」のコア・バリューの柱を支えている土台としてのコア・バリューが「人権」であると、私は思っています。
この土台が崩れると、「個別化」、「専門性」、「地域」、「連携」、「統合化」という5本のコア・バリューの柱を支えることはできません。たちまち「北摂杉の子会」という母屋が崩れ落ちることになります。すなわち一夜にして「北摂杉の子会」という多くの人たちの支えによって積み上げてきたブランドが崩れることになります。
「ノーマライゼーションの育ての父」と言われるベンクト・ニイリエが「QOLの向上は障害のある人たちの人権擁護の推進に繋がる」と述べていますが、「萩の杜」開設時から私たちが大切にしている「臭いのない、綺麗な(清潔な)施設環境を提供する」という想いは、ニイリエの言葉をして、「人権擁護の推進に繋がる」実践、私たちのコア・バリューである「人権擁護」を基本とした大切な実践であると言えます。
今回の「松上利男」の一言では、私ども北摂杉の子会の開設時からの実践を振り返り、私が考える法人のコア・バリューについて考えてみました。
繰り返しになりますが、第3次中期計画における法人のビジョンとして掲げた「信頼され尊敬される法人を確たるものとする」を実現するうえで、再度私ども法人の全ての役職員で、「私たちのコア・バリューは何か?」について議論することの重要性を感じています。
先ずは、7月に予定されている法人職員全体研修会の場で議論する予定でいます。
今回の「松上利男の一言」は、法人職員の皆さんに向けての一つの問題提起としてあります。
7月の研修会で皆さんと議論できることを楽しみにしています。
また、この「松上利男の一言」をご愛読して下さっている皆様方とは、法人経営にとってのコア・バリューについて、共に考える一つの機会となればありがたいと存じています。