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第54回

もし福祉事業所の職員がドラッカーの『マネジメント』を読んだら(3)

その3:マネジメントの役割~仕事を通じて働く人たちを生かす~


1.仕事を通じて働く人を生かす

 前回、「松上利男の一言」では、ドラッカーが考えるマネジメントの役割の一つである「自らの組織に特有の使命を果たす」について、私ども法人経営に引き寄せて考えてみました。
 今回はマネジメントの3つの役割のうちの「仕事を通じて働く人たちを生かす」について考えてみたいと思います。
 ドラッカーは企業の目的について、「企業の目的の定義は一つしかない。それは、顧客を創造することである」と説いていますが、同時にマネジメントの役割の1つとして、「仕事とを通じて働く人たちを生かす」ことを重要な役割と考えました。
 このことから、ドラッカーは、顧客満足と同時に従業員満足が企業経営にとって重要であると考えていたことになります。
 著書「マネジメント」には、以下のように書かれています。
 「仕事を通じて働く人たちを生かす。現代社会においては、組織こそ、一人ひとりの人間にとって、生計の資(かて)、社会的な地位、コミュニティとの絆を手にし、自己実現を図る手段である。当然、働く人を生かすことが重要な意味を持つ」
このようにドラッカーは、企業は人に仕事を与えるだけではなく、役割と責任を与え、働く一人ひとりが自己実現を行っていくことが重要であり、そのことが企業の役割であると考えました。
 また、ドラッカーは、「人のマネジメントとは、人の強みを発揮させることである。組織の目的は、人の強みを生産に結びつけることである」と説き、働く人を生かすうえで、人の強みを活かすことが大切であると考えました。
 著書「非営利組織の経営」においても人を育成することの1番目に、「人が不得意なことをやらせようとしてはならない。人々が組織で成果を上げるよう期待するのであれば、その人たちの弱みを強調するのではなく、強みを生かすべきである」と説いています。
 私たちは、利用者支援の視点として、「その利用者の強みに焦点を当てる。強みを活かした支援」を大切にしていますが、ドラッカーも「働く人たちを生かす」観点として、利用者支援と同じ点に着目していることを学び、私にとって、ドラッカーの存在がより近くなりました。
 ドラッカーが考えたように、私たちは人生の多くの時間を様々な組織の中で働くことに使っているのですから、その自らの働きに満足できているかどうかと言うことは、私たちの人生にとっても大変重要なことです。
 同時に、言うまでもなくそれぞれの強みが活かされ、期待される役割と責任を与えられ、コミュニティの中で、他の人たちとの協働を通して、自己実現を果たしていくことができる環境を働く人々に与えることは、それぞれの企業の使命達成と成果に大きな影響を与えることになります。
 ドラッカーもそのことについて、「人間に関する決定が、究極的な、そしておそらく唯一の組織管理の手段である。組織が成果を上げる能力は、人で決まる。組織は、その擁する人材を超えて立派な仕事をすることはできない」(非営利企業の経営)と説き、組織の存続、発展にとって、人的資源管理は最も重要な要諦であると考えています。

2.社会福祉事業にとって、「仕事を通じて、働く人たちを生かす」とは?

 それではドラッカーの考えた「働く人たちを生かす」について、私たち社会福祉事業に引き付けて考えたいと思います。
対人援助サービスにおけるサービス提供形態は、私たち支援者自身の身体を直接介して、サービスを提供するという特徴があります。
 ですから、「仕事を通じて、働く人を生かす」こと、すなわち働く人たちが生き生きと生きがいを持って働くことのできる環境を作り、高い専門性のある人材を育成することが、直接的に利用サービスの質の向上に繋がることになります。
 同時に、高い志を持つ人材を確保すること、そして、高い専門性を有する人材を育成する環境を作ることは、社会福祉法人の社会的責任であると言えます。
 何故なら、社会福祉法人の経営する事業は、国・地方自治体からの報酬(税金)と多くの方々から頂いた浄財によって運営されているわけですから、そこで働く人たちは、社会からお預かりしている大切な財産「人財」であるからです。
 話は少し変わりますが、私が社会福祉法人の人材確保と育成の取り組みについて、良い気付きを与えられた出来事があります。
 4年ほど前の話ですが、求人のお願いに関西地区の主要な大学を訪れた時に、ある大学の就職課の課長さんに社会福祉法人の人材育成の姿勢について、苦情を言われたことがありました。
 課長さん曰く、「どこの社会福祉法人も内定通知を出した後、入職までの間、内定者をほったらかしにしてるから、学生は本当に採用されたか不安で仕方ないんです。企業やと内定者に対して、入職までの間に、研修をして、懇親会をして、ほかの企業に逃げられんように努力しているのに、社会福祉法人は本当にあきませんわ。求人の依頼に来られた時も、施設のパンフレットを持ってこられるでしょう。利用者やったらええけど、学生が見ても働くイメージが持てないでしょう。人材の採用についてもっと真剣に考えてほしいと思いますわ」
 本当に課長さんのおっしゃった通りだと思いました。社会福祉法人のそのような姿勢からは、到底人材確保と育成を大切にしているとの理解を得ることができないと思いました。
 その課長さんの苦言をきっかけに、すぐに法人独自のリクルーティング用のパンフレットを作成し、法人ホームページの構築や定期的な更新に取り組みました。
 また、内定者に対して、入職までの期間、3回の研修と職員も含めた懇親会の実施を始めました。
 そして、入職前に内定者に対しての個人面談を実施して、一人ひとりの入職後の希望や不安、どのようなキャリアを身につけたいのかなどについて話し合い、配属先が決まった段階で、配属先を伝えるとともに、法人としての役割期待についても具体的に伝えるようにしました。
 紙1枚の辞令交付ではなく、一人ひとりの内定者に対して、法人としての役割期待をしっかりと伝えることで、入職後の志に大きく影響すると考えました。
 私たち法人では、現在まで、試行錯誤を繰り返しながら、OJTやOff-JTなど研修制度のあり方の検討と実施、そして、人事考課制度や多様な働き方を支援する「短時間労働制度」、キャリアアップを支援する資格手当、資格取得表彰制度、職員の業務貢献を評価する業務貢献表彰制度などに取り組んできましたが、その原点は、働く人を大切にする組織文化の醸成にあると思っています。
 今後もドラッカーがマネジメントの役割の一つとした「仕事を通じて働く人たちを生かす」ことの意味を問い続けながら、皆さんとともに、社会からお預かりした貴重な財産「人財」を社会が求める高い専門性を有する人財に育てる努力を積み上げていきたいと思っています。

掲載日:2012年04月07日