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第52回

もし福祉事業所の職員がドラッカーの『マネジメント』を読んだら(1)

その1:企業の目的とは何か?


 皆様もご存知のように、「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」(略称「もしドラ」)と言う書籍が爆発的に売れました。
 高校野球部の女子マネージャーである主人公川島みなみが経営学の父といわれているドラッカーの書著「マネジメント」に出会い、そのマネジメント理論を手がかりに弱小高校野球部を甲子園出場に導くという物語です。
 今回、この書籍名を文字って、「もし福祉事業所の職員がドラッカーの『マネジメント』を読んだら」と言うタイトルで、社会福祉法人・事業所におけるマネジメントについて考えてみたいと思います。
 現在は、大学の社会福祉系学部で社会福祉法人・事業所における経営・運営について学ぶ学生も多くなり、マネジメントについての理解が深まっているように感じられますが、
 措置制度(いわゆる行政が障害のある人たちの福祉サービスの内容を決定する)時代には、福祉事業所の経営者・職員の人たちの多くが、「社会福祉法人・事業所は金儲けをするところではない」、また「企業は金儲けをするところであり、そのような組織は社会福祉事業を経営すべきではない」と思っていたように感じています。
 しかし、支援費制度(障害のある人がサービス提供者を自由に選び、対等の立場で契約する)への移行以後、ますます増大する福祉ニーズに対応するために講じられている社会福祉制度改革と規制緩和の進展により、株式会社やNPO法人(特定非営利法人)等の多様な経営主体による福祉サービスの提供が可能となってきました。
 現在、障害者福祉分野において、社会福祉法人に限り経営が認められている第1種社会福祉事業は施設入所支援事業のみとなり、他のほとんどの福祉事業については、社会福祉法人以外の経営主体であっても経営が可能となってきました。
 このように社会福祉分野における社会福祉法人を取り巻く外部環境が劇的に変化している状況であるにもかかわらず、まだまだ多くの社会福祉法人経営者は、「企業は社会福祉事業経営には向いていない。何故なら彼らは利益を目的としているからだ。儲からなくなるとすぐに社会福祉事業から撤退するから」という信念を持ち続けているように思います。
 確かに高齢者介護事業への進出を行なった(株)コムスンが様々な経営的課題を解決せず、福祉サービス利用者に多くの被害を残して、福祉事業から撤退するという問題を引き起こしましたが、そもそも福祉分野に関わらず、顧客に被害を与えることは企業の使命と目的、社会的責任から許されない行為であるといえます。
 前置きが長くなりましたが、このような社会福祉法人を取り巻く外部環境の大きな変化を踏まえて、ドラッカーの説くマネジメントを読み解きながら、組織におけるマネジメントとは何かを考えて見たいと思います。
 私たち社会福祉法人・事業所の経営者や職員の多くが、「企業の目的の第一は利益を得ること」であると考えているように感じています。
 しかし、ドラッカーは書著「マネジメント」の中で、「企業の目的は、それぞれの企業の外にある。企業は社会の機関であり、その目的は社会にある。企業の目的の定義は一つしかない。それは顧客を創造することである」と説いています。
 また、「企業とは何かを決めるのは顧客である」とも説いています。
 「企業とは何かを決めるのは顧客である」を理解するのに象徴的な事例があります。
 私ども法人が最初に開設した事業は、知的障害のある人たちのための生活施設(入所更生施設)「萩の杜」です。
 開設後、地域のニーズに一刻でも早く応えたいとの思いで、「ショートステイ事業(短期入所事業)」を開設しました。
 ご存知のように「ショートステイ事業」の第一の目的は家族支援ですが、他法人が経営する通所施設に通っておられる一人の利用者は、いつもストレスが溜まっているときに、その解消と休息のために自分自身の意思でショートステイサービスを利用されていました。
 その利用者のニーズから見るとショートステイ事業の目的は「家族の休息」ではなく、「本人の休息」にあります。
この事例からも分かるように、私たちの事業を決めているのは私たち自身ではなく、利用者(顧客)のニーズであるという事が分かって頂けると思います。
 マネジメントにとって重要なことの一つとして、絶えず「私たちは何故存在するのか?」を問い続けることにありますが、その答えもやはり「顧客のニーズにある」といえます。
 このドラッカーの説く企業の目的を受け止めて考える時、組織が株式会社であろうと社会福祉法人であろうと、その目的は「顧客のためにある」という事であり、その組織は社会の機関、公器であるという認識です。
 もちろん組織を維持し、継続していくには、「利益」は重要です。この「利益」についてドラッカーは、「利益が重要でないということではない。利益は企業や事業の目的ではなく、事業継続の条件である。利益は、事業における意思決定の理由や原因や根拠ではなく、妥当性の尺度である」(著書「現代の経営」)と説いています。
 組織にとって「利益」はその組織の継続にとって重要ではあるのですが、その目的ではないと明確に説いています。
 私たちの組織にとっての目的は顧客を創造すること、すなわち顧客の潜在的ニーズを発見し、ニーズの変化を知り、新しいニーズに応えていくことであることをドラッカーから学ぶことができます。
 しかし、現実の社会福祉法人・事業所の現状はどうでしょうか?このマネジメントの目的に基づいた経営・運営を私たちは成し遂げてきたのでしょうか?
 この問に対して、私は「イエス」と言う返答をすることにためらってしまいます。
 それは、「私たちは、今まで、国の福祉制度の枠内でのサービス提供しかしてこなかったのではないか」という強い疑念を私自身持っているからです。
 ドラッカーは著書「非営利組織の経営」の第1章「使命とは何か」の冒頭で、「非営利組織は人と社会の変革を目的としている」と述べています。
 では、今後私たちはどのように行動しなければならないのでしょうか?
 それは、社会福祉法人に本来求められている公器としての目的、使命を果たすこと、すなわち私たちの組織の外にある利用者(顧客)のニーズと向き合い、必要とされる新たなサービスの創造に積極的に取り組むことにあります。
 そして、その実践は、現在までの私たち自身と組織のあり方の変革を通して、初めて実現できるのだと思います。
 「人と社会の変革」を成し遂げること、それは、私たちのそのような日々の真摯な実践の積み上げにあります。
 現在、私たち法人は、2012年度から始まる第3次5ヵ年事業計画の策定に取り組んでいます。
 その策定にあたって、「何故私たちは存在するのか(私たちの理念)」、「何をなすべきなのか(私たちの使命・目的)」、そして、「どのように実現するのか(戦略と目標)」を法人職員全員の議論を通して確認・共有化していきたいと思っています。
 そして、「企業の目的は顧客を創造することである」とのドラッカーの説くマネジメントの目的を基本に置きながら、私たちと関係する顧客(利用者、家族、職員、地域の人たち、関係する福祉・行政機関、企業、学校、これから生まれてくる子どもたち等)のニーズに基づく新たな支援サービスの創造とその質の向上に向けて、今後、組織としての私たちの志を事業計画に染み込ませて行きたいと思っています。

掲載日:2011年12月15日