障害者虐待防止法と障害者身体拘束ガイドラインについて
今年、6月17日に「障害者虐待防止法」が成立し、10月1日から施行されることになりました。
大阪府下ではこの3年間、毎年知的障害(児)者施設における施設職員による利用者に対する身体的虐待(身体拘束・行動制限を含む)事件が報道されていますが、被虐待者の多くが行動障害を伴う自閉性障害・重い知的障害のある利用者であることが共通する特徴であるといえます。
福祉事業所においては、利用者が興奮して、他の利用者を叩いたり、蹴ったり、噛み付いたりの行動に対して、本人や他の利用者の安全確保のために支援者が自らの身体で利用者の行動を制止したり、一時的に居室に施錠をするなどの身体拘束・行動制限を伴う対応を行なうことがあります。
この利用者に対する身体拘束・行動制限を伴う対応について、「正当」な支援と見るのか、「不適切」な対応、即ち「虐待」と見るのかが支援現場では大きな課題としてあります。
そして、支援現場では、そうしたやむを得ず行っている身体拘束・行動制限の対応について、支援者は日々、大変悩みながら支援を行っているという現実があります。
「障害者虐待防止法」の条文においても「身体的虐待」「性的虐待」「心理的虐待」「ネグレクト」「経済的虐待」が虐待行為として明文化されていますが、「身体的虐待」に関する条文には以下のように明文化されています。
「障害者の身体に外傷が生じ、若しくは生じるおそれのある暴行を加え、又は正当な理由なく障害者の身体を拘束すること」
日々、利用者の示す行動上の「課題」に向き合い、支援している支援現場にあっては、この条文にある「『正当な理由』の基準は何か」を具体的に明らかにし、身体拘束・行動制限を行わざるを得ない時のガイドラインを示すことが支援現場にとって、喫緊の大変重要な課題となってきます。
この「障害者虐待防止法」の成立という状況を予測して、昨年度、NPO法人PandA-Jが、平成22年度障害者総合福祉推進事業費補助金事業「サービス提供事業所における虐待防止指針および身体拘束対応指針に関する検討」についての調査・研究を行い、「身体拘束に関するガイドライン」をまとめています。
この調査・研究事業に私も研究協力者として関わりました。
この研究の中で、私が一番悩んだことは、「何をもって正当な身体拘束・行動制限とするのか?」、その基準を検討することでした。
その基準のあり方について、年末年始にかけて悩み続けていましたが、オーストラリアビクトリア州ヒューマンサービス省の「障害のある人は拘束や隔離についてどう考えるか(What people with disabilities think about restraint and seclusion)」を読んで、基本的な身体拘束・行動制限についての考え方が明確になりました。
その文章には以下のことが書かれてあります。
「すべての人は、自由にどこにでも行く権利があります」
「障害のある人は、どこに住むか、誰と生活するか、支援者が誰であるか、また自分らしく生活するためにどれだけの支援がいるのか、それらを自分で選ぶことができる必要がある」
この文章を読んで、心の中で呟きました。
「そうだ。どのような理由があっても、身体拘束・行動制限をすることは障害のある人だけではなく、全ての人にとって人権侵害なんだ」と。
そこで、今回、皆さんにお示しした「障害者身体拘束に関するガイドライン」は、基本的に身体拘束・行動制限については、人権侵害との考えに基づきながら、しかし「やむを得ない」状況時において、本人にとっての最も制限の少ない身体拘束・行動制限については一定の手続きや支援の仕組みを整えることを前提として認めることとしました。
このガイドラインを作成するにあたって基本とした重要な視点は、利用者が示す行動上の「課題」について、そのような行動上の「課題」を誘発させているのは私たち支援者側の支援力の不足であり、決して行動上の「課題」を示す利用者の問題ではないということです。
「何故このような『課題』となる行動を示さざるを得ないのか」について、私たち支援者の支援のあり方も含めた本人を取り巻く環境の問題や本人の真のニーズを明らかにして、支援することが最も大切な視点としてあります。
その支援を行うためには、個別的な評価に基づいた「行動支援計画」を作成し、「課題」解決とそれに伴う本人の「真のニーズ」実現に向けた継続的な支援が必要であります。
今回の「身体拘束ガイドライン」策定に当たっては、その支援を前提として検討を重ねました。
ですから、「行動支援計画」に基づいた継続的な支援がなされない中で繰り返し行われる身体拘束・行動制限については、身体的虐待にあたるとしました。
すでに私どもの法人ホームページ上で、報告書「サービス提供事業所における虐待防止指針および身体拘束対応指針に関する検討」の入手方法についての情報提供をしていますので、是非一読して頂き、支援現場でご活用して頂ければと思っています。
そして、今回の「障害者虐待防止法」の成立を一つの契機として、私たち支援現場から「身体拘束ゼロ」の取組と虐待防止と人権擁護の実践が少しでも進むことを願って、今回の一言を閉じたいと思います。