サービスの質とその課題、そして質の磨き上げを目指して
1998年2月に法人を設立し、翌年4月に、生活施設「萩の杜」を開設して以降、私たちは知的障害・発達障害のある人たちなど、障害のある人たちの必要とされる支援サービス創造の実践を精力的に行ってきました。
ここ数年、定期的な新規職員の採用を実施していますが、このことは、法人として一定の適正な事業規模が実現できた一つの証ではないかと思っています。
改めて職員の献身的な働き、利用者家族の皆様、関係行政機関・地域住民の皆様方のご理解とご支援の賜物であると、心から感謝申し上げます。
一定の事業規模の実現は、安定的な経営基盤を支える上で重要でありますが、同時に利用者の方々に対する生涯にわたる包括的な支援サービスの提供を可能にすること、そして職員の育成という面からも重要であると思っています。
今年度は法人の第2次5ヵ年事業計画の最終年度であると同時に、24年度から始まる第3次5ヵ年事業計画の作成年度でもあります。
法人理事長中村は、「第3次5ヵ年事業計画の基本テーマは、あらゆる質の磨き上げである」と言っています。
私自身も私ども法人にとって、今年度以降は「量から質」への大きな転換期であり、是非ともその飛躍を遂げるために、職員の皆さんとともにその働きを精一杯したいと思っています。
このような経緯の中で、今回の「一言」は、社会福祉における「質」について考えてみたいと思います。
2009年12月に法人の研究プロジェクトである「強度行動障害を持つ自閉症者の地域移行を支えるグループホーム・ケアホームおよび入所施設の機能の在り方に関する先進事例研究」(厚生労働省障害者保健福祉推進事業)で、自閉症の人たちのグループホーム支援など、日中活動支援を含めた地域生活支援を中心に行っているアメリカ・ノースカロライナ州・アルバマーレ市にあるGHA(Group Homes for the Autistic,Inc )を訪れました。
GHAでも「高い質を追求する」ことを経営の基本に位置付けています。
具体的には、「予算の質」「職員の質」「施設の質」「利用者の生活の質」を上げて、「質をいかにモニタリングし計測するか」という観点から、「州や連邦の関係機関による調査」「毎月の質保証チェック」「独立した医師の利用とレビュー」「事故報告書ならびに毎週のマネージャーの報告」「職員、利用者ならびに家族に対する調査」などを活用して、モニタリングしています。
時間的な制約もあり、その具体的な取り組みと内容について学ぶ機会がありませんでしたが、様々な質の向上を目標として、日常的にPDCA(Plan-Do-Check-Action)サイクルを回すという組織マネジメントが徹底して行われている印象を受けました。
そして、サービスの質に関する第三者評価機関であるCARF(Commission on Accreditation of Rehabilitation Facilities)によって評価を受け、サービスの質の管理を行っています。
日本においても社会福祉協議会において「福祉サービス第三者評価基準ガイドライン」に基づいた福祉事業所(施設)に対する評価を行っています。
しかし、日本と決定的に異なる点は、その5段階評価のレベルによって、福祉事業所が受け取る報酬額に差があること、またレベルによって提供できる支援サービスが決められているという点です。
GHAは5段階評価の5レベルであるので、全ての支援サービスの提供が可能であり、受け取る報酬額も最高額となります。
日本では、社会福祉法人が新しい支援サービスを提供するときに必要となる認可基準は、あくまでも量を満たしているかにあります。
利用する利用者の定員に対して、職員配置人数、設備など量的基準が満たされていれば、全ての支援サービスの提供が可能となります。
また日本において、例えば、他人に咬みついたり、物を壊したりなどの行動面で様々な課題を抱える利用者に対して報酬額を「加算」する制度がありますが、専門的な質の高い支援を提供した結果、そうした行動が改善すれば「加算」がなくなるという矛盾があります。
ノースカロライナ州のように、サービス評価と報酬額や提供できる支援サービスがリンクする仕組みに日本の第三者評価システムが変わることがなければ、福祉事業所全体として、支援サービスの質の向上に向けた取り組みを積極的に行うということに繋がりにくいと考えています。
厚生労働省は定期的にそれぞれの支援サービスの報酬単価を見直すために、各事業所における経営実態調査をしています。
私どもの法人では、短期入所事業、児童デイサービス事業、ケアホーム事業についてはその制度的問題、いわゆる報酬単価の問題で、厳しい経営が続いています。
事業者は厳しい報酬単価の事業であっても、利用者のニーズに応えるために、運営を工夫し、経費を削減しながらサービス提供をしています。
そのことは結果として、少なからずサービスの質の低下につながります。
私は、この経営実態調査において、提供するサービスのそれぞれの質の基準を定め、その基準に基づく報酬額の評価を行うできであると思っています。
そのような量からサービスの質への転換を実現するためには、私たち事業者自身がサービスの質の向上に向けた実践を積み上げ、国に対して、その支援モデルを基本としたサービス基準を提示していく、その積極的な実践が今求められていると思っています。
冒頭にお話したように、私ども法人は、サービスの量から質への重要な転換期に立っています。
GHAでは「質をいかにモニタリングし、計測するか」という取り組みを通して、「高い質」の実現を追求していますが、今後の私どもの実践においてもこのGHAにおける「質をいかにモニタリングし、計測するか」という視点、言い換えれば「質の見える化」が今後の私たちの「質の更なる磨き上げ」という目標達成に重要な一つの視点であると思っています。
質の向上を目指すためには、質という抽象的な価値をいかに私たちに具体的に見えるカタチにするかという取り組みを進める必要があると考えるからです。
そしてそれぞれの質、例えば「マネジメントの質」「利用者支援の質」「職員の質」「設備の質」などについての具体的な標準やマニュアルを作る取り組みを始める必要があると考えています。
何故ならば、標準やマニュアルが具体的な求められる質の基準としてあるからこそ、その達成に向けた具体的な行動が導き出されることになります。
また、その標準・マニュアルから逸脱したときには、そのギャップが見えやすくなり、改善に向けた具体的な取り組みが行いやすくなります。
そして、そのことを通して、組織マネジメントを基本とした質の維持、向上の継続した取り組みがなされるようになるからです。
組織マネジメントの実行において、共通の標準、物差しがあることは極めて重要であると思っています。
この「質の見える化」という視点から、私が今思いつく具体的な取り組みをいくつかお話したいと思います。
例えば、利用者・家族の皆さんに対するサービスや職員に対する働き甲斐などについて、調査、分析、把握する試みも、取り組みたいことの一つとしてあります。
いわゆる「ニーズの見える化」の取り組みです。
それを通して、利用者・家族の方々や職員たちの潜在的ニーズの把握や満足度について把握することができ、利用者満足度の向上や職場環境の改善を通した働き甲斐のある自分自身の強みが十分に発揮できる職場の創造に繋げていくことができると思うからです。
また個別支援計画についても、より個別化・具体化した提案ができるように、利用者や家族にとって分かりやすく情報を伝えるための「情報の見える化」の取り組みです。
それを実現するためには、より一層、アセスメント内容とアセスメント技術に磨きをかける必要があります。
同時に、支援目標の達成が、より利用者・家族の方々にとって具体的に分かっていただけるように工夫すること、「支援効果の見える化」も重要となります。
そのことをして、利用者の皆さんの満足度に繋がっていくからです。
それぞれの事業所で提供する支援サービスについても、「支援サービスの見える化」の工夫が必要だと思います。
例えば、就労支援について、その支援プロセスに沿って、どのような具体的な支援が提供されるのか、パンフレットをみればすぐに分かるような「支援サービスの内容についての見える化」の工夫があれば、利用者・家族の方々にとっては、サービス提供前から、楽しみと期待の中で、サービス利用をスタートすることができます。
また特別支援学校卒業後の進路を検討するときに、具体的な支援内容が見て分かると、自己選択・決定の支援につながります。
様々な場面で、より利用者本位の情報提供(情報の見える化)に努めることは大変重要な取り組みです。
上記のようなサービス提供の実現には、「人材の質の向上」を目指した人材育成の仕組みを検討しなければなりません。
このように考えていくと、面白いように様々なアイデアが頭の中から湧き出てきて、未来が明るく楽しいものになります。
未来に視線を向けると本当にわくわくしてきます。
23年度は再度「地域に生きる」との法人理念を確認して、職員全員で今後の法人のあり方、その基本となる「質の磨き上げ」を踏まえながら、利用者の皆様、家族の皆様、地域の皆様に、少しでも満足のいただける法人へと進化を遂げる働きをしていきたいと思っています。
最後に、職員の方々にとっても、職員同士の共感の中で成長していくことができる働く環境をともに作り上げたいと思っています。