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第31回

障害者福祉制度改革を主体的に捉え返す

 


 平成18年4月1日から施行された「障害者自立支援法」は、平成15年4月に施行された「措置制度」から「支援費制度」(利用契約制度)への制度改革に続き、昭和26年の「社会福祉事業法」制定以来の大改革となりました。
 皆様もご存知のように、今回の改革によって、従来別々の福祉サービスとしてあった身体障害者・知的障害者・精神障害者福祉サービスを共通の制度によって福祉サービスの提供が可能となるための「福祉サービスの一元化」が行われました。
 また公正なサービス利用のための「手続きや基準の透明化、明確化」という改革の狙いにより、「障害程度区分認定調査」に基づいた利用サービスやサービスの量、サービス利用に係わる報酬単価などの支給決定の仕組みを新たに創設しました。
 更に、従来の福祉サービス利用に伴う利用者負担が「応能負担」から「応益負担」へと、また事業者への福祉サービス利用に伴う報酬の支払いが「月額払い制」から「日額払い制」へと変更されるなど、従来の制度の仕組みを根底から崩す障害者福祉制度改革となりました。
 この制度設計には、利用者の負担増に繋がる「応益負担」、事業者の経営基盤を揺るがす報酬の「日額払い制度」、障害特性や利用ニーズが反映され難い「障害程度区分認定調査」など、様々な課題が山積しています。
 しかし、その反面、私たち事業者にとっては、従来から提供していたサービス内容などの事業経営の見直しや意識改革のチャンスとしてあります。
 例えば、報酬の「日額払い制度」によって、必然的に事業者は、利用者の日々の利用率を意識するようになりました。
 当然のことですが、利用率が低くなれば事業収入が落ち込み、事業経営が厳しくなります。
同時に利用率の低下は、利用者のサービス利用についての一つの満足度の反映でもあると捉えることができます。
 従来の報酬の「月額払い制度」であれば、利用率が低下しても利用者さえ確保していれば、月々一定の事業費収入が確保できたわけですから、極端なことを言えば、個々人に提供しているサービスの内容を振り返り、利用者満足の向上のための改善への取り組みをする必要性がなかったわけです。
 しかし、報酬の「日額払い制度」の導入を契機として、事業者は日々提供するサービスの質の向上(利用者満足度の向上)に向けた改善に取り組みが最重要の課題となってきました。
 そして、利用者満足度の観点から考えれば、クレーム対応を含めたリスクマネジメント体制の充実も事業者にとって重要な課題であります。
 また新たな利用ニーズの確保や利用ニーズの開拓を通して、利用者の求めるサービス内容の提供、他の事業者が提供するサービス内容との差別化、すなわち他の事業者にはないユニークで絶対的な価値の追求という努力も必要となります。
 報酬の「日額払い制度」の導入という一つの制度改革を通しても、このように多くの意識改革の必要性が事業者に課せられたことになります。
 良質なサービスを継続して提供するためには、当然のこととして経営の質そのものを見直す契機が生まれてきます。
 そのことは、それぞれの社会福祉法人に明確なビジョン(理念)と戦略の確立、そして、どのようにしてそのビジョンに基づく戦略を実現するのかというオペレーション力(現場力)を組織として積み上げていかなくてはならないという組織経営的な課題が事業者に突きつけられることになります。 
 多くの企業は当然のこととして、日々変化する市場・経済環境の中で、唯一顧客満足度の向上のために、改善と改革を積み上げながら事業継続の努力をしています。
 日々の改善と改革を怠った企業は、市場経済の場から撤退しなければなりません。
 一方私たち社会福祉事業者は、50年もの長きにわたって、国の社会福祉制度に守られて事業を続けてきました。
 そのような状況の中で、私たちは、利用者や社会的なニーズの変化に応じた改善や改革を行う必要性はありませんでした。
 ですから今回の障害者福祉制度の大改革は、大変な意識改革を私たちに強いるものとなりました。
 そのような状況の中で、現在、私たち事業者は、様々な制度見直しについての発言や提案を行っています。
 私は一貫して、障害者自立支援法の「共生社会の実現」という理念は評価していますが、理念とのあまりにもギャップのある制度設計の見直しを求める立場での発言をしています。
 しかし、事業者の様々な提案を聞く中で、私自身、事業者自らの意識改革を抜きにした過去の障害者福祉制度に戻すような提案は、結果的に利用サービスの質の低下を招き、社会福祉事業に対する社会的な評価を落とすことにつながることになると、危惧しています。
 早稲田大学大学院商学研究科教授の遠藤功氏は、「現場力を鍛える」という著書の「否定する力」の章の中で、強い現場力(オペレーショナル・エクセレンス)を誇る企業に共通するのは、現状を常に前向きな視点で「否定」しようとする姿勢であることを説いています。
 そして、「重要なのは、今日に照準を合わせるのではなく、明日に照準を合わせ、今日を制御することである。過去が現在を支配するのではなく、未来が現在を支配しなければならない。現場の一人ひとりがこうした『未来志向の否定』を身に付けることが、現場力を高めることにつながるのである」と述べています。
 私たちにとって今最も大切なことは、過去に囚われた問題重視型の思考ではなく、制度改革の変化を一つのチャンスとして捉えることです。
 そして、「利用者中心の支援」「地域で普通に暮らせる支援の仕組み」の実現という未来志向の観点から現状の制度設計を見直すという、いわゆる遠藤氏の説く「未来志向の否定」ということを私たち自身が身につけ、制度改革の真っ只中で、具体的な制度改革についての提言を行うこと。そのことがまさに今、私たちに求められている重要な社会的役割であり、「障害者福祉制度改革を主体的に捉え返す」ことに繋がる行動であると考えています。

掲載日:2008年12月04日