地域移行について考える
皆様もご存知のように、「障害者自立支援法」が平成18年4月に施行され、現在その制度見直しについて、様々な議論がなされています。
私は、この法律の目的である「障害の有無にかかわらず国民が相互に人格と個性を尊重し安心して暮らすことのできる地域社会の実現に寄与する」こと、すなわち「共生社会の実現」という目的には、賛成しています。しかし、様々な機会を通して、その理念・目的と制度設計のギャップについての問題提起を行っています。
今回、この法律が目指している「地域での暮らしの支援」に向けての「入所施設から地域での暮らしへの移行」について、「入所施設での暮らし」も含めて、考えてみたいと思います。
国は入所施設から地域への障害のある人たちの移行について、「平成23年度末までに、現在の入所施設の入所者の1割以上が地域生活に移行することをめざす」(全国障害者福祉計画担当者会議、2006年5月11日)ことを数値目標としました。大阪府は、その目標を2割としています。
私は今から30年ほど前から、入所施設のあり方として「小規模・地域分散型施設」という考え方を持っていました。今から思えば、現在の「ケアホーム・グループホーム」の考え方と同じ中身のものであったと思います。
その当時、知的障害のある人たちの支援については、「治療教育」ということが強調され、入所型施設については、「コロニー」という大規模施設の建設が推進されていた時期でもありました。
私が「小規模、地域分散型施設」という入所施設のあり方についての方向性を示したのは、大規模隔離収容型施設「コロニー」と訓練重視の「治療訓練」という考え方に対峙する形で、「地域での普通の暮らし」の一つの支援形態としての「小規模・地域分散型施設」を念頭においていたからでもありました。
あれから30数年経た現在になって、やっと国が大きく政策転換を行い、入所施設からケアホーム・グループホームなどの居住サービスを利用しての地域での暮らしの実現を制度として、具体的に提示しました。
制度的な中身については、これから解決すべき多くの課題・問題を抱えてはいますが、「障害のある人もできる限り地域で暮らす」という政策の流れは実現したと思っています。
その地域移行支援のための事業の一つとして、現在、私たち法人では、高槻市からの委託事業である「高槻市障害者地域移行支援センター事業」(名称:だ・かーぽ)を運営しています。
この事業は、大阪府下の入所施設、特に府立施設・コロニーなどの大規模施設をご利用になっている高槻市民の方で、「高槻市内で、ケアホーム・グループホームを利用しての暮らし」を望まれている方々のニーズを受け止めて、住まいの場と日中活動の場をコーディネートする事業です。
現在まで支援した方の中で、50歳代から60歳代の方もおられ、50年もの間、入所施設で暮らしておられた方もいらっしゃいます。
私どもが支援させていただいた多くの方が20歳代の頃、知的障害のある人たちの支援について、「コロニー」での暮らしが理想とされ、本人の意思ではなく「コロニー」での暮らしを制度的に強いられました。現実的には、身寄りもなく、入所施設での暮らししかなかったという方もおられます。他に選ぶべき福祉サービスがないという状況もありました。
その方々にとっては、30数年を経て、出身地である高槻市で、ケアホームを住居の場としての暮らしが始まりました。
「皆さん喜んで暮らしておられます」との「だ・かーぽ」担当職員の話を聴き、「良かった」と安堵する気持ちと同時に、私の胸の中に何か釈然としない気持ちが引っかかったままでいます。
それは、あるときは、「コロニーでの暮らしが理想」とされ、施設での30数年の長期にわたる暮らしを強いられ、そして制度が変わり、「地域での暮らし」へと移り変わっていく一人ひとりの人生を思ったとき、「この人たちの人生は、制度に翻弄され続けてきた人生でしかなかったのではないか」との思いであります。
私は、制度的な問題についての思いを述べているのであり、それぞれの方々が過ごされた施設で、職員の方々が一生懸命その人たちの人生と向き合い、支援をしてこられたとは思っています。
しかし、真の意味で、一人ひとりのニーズを踏まえての暮らし方や働き方、すなわち人生であったのかということを考えると、やはり「制度に翻弄され続けてきた人生」だと思わざるを得ません。
そうであるならば、制度変更と同時に、「申し訳ありませんでした」と彼らの人生に対して、国が謝罪しなければならないと、私は強く思います。
その謝罪を踏まえた上で、理念・目的に沿った制度設計がなされるとき、初めて真に障害のある人たちの人生を支える意味のある制度として機能すると思っています。その観点をしっかり押さえた制度の見直しを強く望んでいます。
また、私たちが国に対して制度の見直しを求めるとき、同時に必要なことは、障害のある人たちが地域で安心・安全に豊かに暮らしてゆける先駆的な支援の創造を、私たち自身が主体となって実践することが大変重要であると思っています。
私たち法人も、「第2次5ヵ年事業計画」の中で、地域での暮らしの支援については、障害のある人たちのニーズを受け止めて、6人単位のケアホームを基本として、18名規模のケアホームを2ヵ所建設する計画を立て、準備を進めています。
その一つについては、行動障害を伴う重い知的障害のある人たちを支援できるケアホームとしての整備を計画しています。
このような先駆的なケアホームの実現を通して、支援モデルの発信や制度改革に向けての政策提言ができればと考えています。
さて、話を新法における「施設入所支援」に移したいと思います。
私は、冒頭で、自立支援法の制度設計の問題を指摘しましたが、その制度設計の一つの問題点について、私たち法人が経営している生活施設「萩の杜」の自立支援法における新事業体系への移行時の問題について、お話したいと思います。
私たち法人は、生活施設「萩の杜」開設時、現状の制度の中で、できる限りその理念「地域に生きる」という思いを支援の中に活かそうと試みました。
それの大きな柱となったのが、小グループ単位の暮らしである「ユニットケア」と暮らしの場と日中活動の場を分ける「職住分離」です。
この「職住分離」という支援が、「萩の杜」の自立支援法における新事業体系への移行時に問題となりました。
大阪府への新事業への移行申請で、大阪府の見解として、「生活支援の場である『施設入所支援』と日中活動の場である『生活介護事業』とを一体的に支援する場合、日中活動の場は、施設の敷地内でなければならない」としたからです。これでは、「萩の杜」開設時からの取り組みである「職住分離」は継続できなくなります。
「萩の杜」では、「職住分離」の支援の下、利用者の大半は、施設から自動車で10分ぐらい離れた日中活動の場「ジョブサイトひむろ」で活動していたからです。
自立支援法における事業体系の基本は、日中活動の場と生活支援(夜間支援)の場を分離するとしていましたから、私たち法人は、大阪府に対して、法律の理念に基づく「職住分離」の支援の継続を強く求めました。
私たち法人と大阪府との協議が平行線をたどり、結論が得られなかったことから、大阪府は、厚生労働省に文書での回答を求めることにしました。
しかし、厚生労働省内での「職住分離」に対する法解釈に時間がかかりました。そして、申請から半年後、やっとのことで私たち法人の主張が認められ、今年の3月に新しい事業に移行することができました。
このような事実に直面したとき、今回の法律がいかに拙速に作られたのかという事実を肌身で感じました。
私は、新法における「施設入所支援」についての見直しに当たっては、6人単位の個室を基本とした「ユニットケア」と「職住分離」の支援を実現可能とする職員配置基準と報酬単価とすべきであると思っています。
それは、私たち法人が今まで実践してきた「ユニットケア」と「職住分離」という支援の継続と更なる充実という観点とともに、そもそも障害者自立支援法の基本理念としている障害者基本法の基本理念を踏まえての当然の主張であると思うからです。
障害者基本法の基本理念(第3条)には、以下のように書かれています。
1 すべて障害者は、個人の尊厳が重んじられ、その尊厳にふさわしい生活を保障される権利を有する。
2 すべて障害者は、社会を構成する一員として社会、経済、文化その他あらゆる分野の活動に参加する機会が与えられる。
3 何人も、障害者に対して、障害を理由として、差別することその他の権利利益を侵害する行為をしてはならない。
私は、何も無理を言っているつもりはありません。現状の入所施設での利用者の暮らしを見るとき、この法律が掲げている「個人の尊厳が重んじられ、その尊厳にふさわしい生活を保障される権利」が実現された生活の質であるかを、皆さんに考えてもらいたいと思うからです。
入所施設の暮らしだけではなく、地域での「ケアホーム・グループホーム」の暮らしが、大変重い障害のある人たちも含めて、安心・安全に豊かに暮らすことのできる支援サービスの中身となっているかどうかということも考える必要があります。
その現状を裏付ける事実があります。それは、「萩の杜」の利用を希望され、待機されている方々が60名近くおられるという事実です。
その待機者の多くの方々は、行動障害を伴う重い知的障害のある人たちです。家族の方々も日々子どもさんの支援に苦労されながら、家庭での暮らしを続けておられます。
これだけ多くの方が入所施設での暮らしを望まれている背景には、現状の「ケアホーム・グループホーム」での暮らしに、何らかの不安を感じておられるという現実の証でもあります。
「地域での暮らし」、「入所施設での暮らし」がともに安全・安心で豊かな暮らしの支援が実現できてこそ、はじめて障害のある人たちが「ケアホーム・グループホーム」での暮らしか、「入所施設」での暮らしかを主体的に選択できる条件が整ったといえるのではないかと、私は考えています。
そして、私は、そのことを通して、はじめて、新法の掲げている理念が達成され、「地域での暮らし」に向けた「地域移行」の実現が大きく前進すると確信しています。