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第12回

利用者虐待について考える ~その2 傍観者とならないために~

 


 前回は大阪府内の知的障害者入所更生施設「高井田苑」での職員による利用者虐待について、対人援助専門職としての倫理と価値の問題、スーパービジョン機能の重要性、障害特性の理解と支援についての専門性等の観点から私自身の考えを述べました。
 私は、この事件の背景の一つとして、入所施設側が強度行動障害を伴う人たちの入所施設への受け入れについて、支援の困難さや受け入れに伴うマンパワー不足など、様々な理由で積極的な受け入れをしてこなかったという状況があったこと、またそうした施設利用がしにくい状況、言い換えれば、わが子の入所を受け入れてくれる施設を見つけるのが困難な状況の中で、ご家族の方は、「高井田苑」における利用者支援にたとえ問題を感じておられたとしても、それを言い出しにくい状況であり、それがこの事件が早期のうちに明るみに出ることなく長期にわたり温存される原因のひとつになったのではないかと考えました。
 そのように考える中、今回は入所支援の利用の状況について、また同時に、今後の入所施設のあり方や必要とされる役割についても考えてみたいと思います。
 現在、私たち法人が経営する知的障害者入所更生施設「萩の杜」への入所を希望する入所希望待機の方が50名にも達しています。その多くの方が重い知的障害を伴う自閉症の方たちで、他傷・自傷行為や物壊し等の強い行動障害のある人たちです。
 「萩の杜」開設にあたっては、家庭や地域での支援が難しい多くの行動障害を伴う方々を受け入れてきました。開設当初から、そのことが入所施設に求められている社会的な役割だと考えていたからです。すでにお話ししましたが、「萩の杜」のスーパーバイザーとして中山清司さんを職員として迎え入れ、行動障害の改善に取り組んできました。
 入所当初、激しい行動障害のあった利用者もその行動が改善れ、落ち着いた暮らしができるまでになってきました。
 そこで、私たちは、ここ2~3年、入所施設から出て、地域でケアホームやグループホームを利用しての暮らしを希望される利用者の方に対して、地域での暮らしへの移行の支援も少しずつ積み上げてきました。そして、地域での暮らしに移られた人たちの施設での空きを活用して、「萩の杜」利用希望者の受け入れを施設利用の緊急度の高い人たちから順次進めてきました。しかし、50名もの利用待機者を目の前にして、ほとんどそのニーズには応えきれていない現状があります。また順次受け入れを行っても利用待機者が減ることはなく、逆に増加している状況を見た時、強度行動障害を伴う人たちの施設利用が進まない現状を物語っているように思います。
 新聞記事では、「高井田苑」開所当初より利用者虐待という事例が見られたとのことから、長期間にわたって利用者虐待の実態があったであろうことが推測されます。おそらく虐待を受けた利用者の家族の方は、利用者虐待の事実を知っていた可能性があります。 しかし家族の方々は、もし施設に対して利用者虐待についての抗議と改善を求めた場合、そのことで施設側から施設を追い出されるような事態(もちろん、可能性ですが)を考えると、そのような行動は取りにくかったのではないかと思います。
逆に言えば、もし入所施設での強度行動障害を伴う人たちの受け入れが今よりももっと進んでいる状況であれば、ご家族の方は他の施設を選ぶということも可能であったでしょうし、施設に対して苦情を申し立てることもできたのではないでしょうか。またこの様に問題が長期にわたって隠蔽されるような状況には至らなかったのではないかと考えます。
 そのように考えると、「高井田苑」における利用者虐待という事件を生じさせた一因として、強度行動障害を伴う人たちの入所施設の利用について、我々受け入れ施設側にも様々な課題があったにせよ、その対策を講じてこなかったことも事件の背景としてあるように思います。
 厚生労働省は、障害のある人たちの地域でのグループホームなどを利用しての暮らしの支援を障害者福祉政策の大きな柱として、その実現を進めてきました。
 しかし、その実現はなかなか進まず、入所施設利用者が施設を出て、地域での暮らしに移る人たちの割合が全国的に見て1%にも満たないという現状の中で、入所施設の課題として、「入所施設における1%問題」との指摘を我々入所施設に投げかけています。
 それは、地域で、グループホームなどを利用しての暮らしを望む多くの利用者がいるにもかかわらず、その支援を積極的に行ってこなかった入所施設に対する大きな問題提起であります。そのことの是非について、ここでは論じませんが、例えば、施設対抗のソフトボール大会などではつらつとプレーをしている入所施設利用者の姿を見て、この人たちは本来地域で暮らすべきではないのかとの疑問を感じてしまうのは、私一人だけでしょうか。もちろんその人たちには何らかの施設利用の理由はあるとは思っていますが、入所施設の利用を望まれている強度行動障害を伴う方々の施設受け入れが進まない現状を想う時、私は、いつも複雑な思いを持ちます。本来入所施設は、社会で生活することの困難な、言い換えれば野球のルールも理解できず、遊びにすら困難さのある方々を積極的に受け入れていくべきものであると思うからです。
 先程もお話ししましたが、厚生労働省は、入所施設利用者の地域移行、つまりは入所施設を出てケアホームなどでの暮らしへと移行することの数値目標を1割としていますが、大阪府はそれを上回る2割の数値目標を掲げています。
 このような国や府の意向を考えると、今後入所施設は、利用者の地域移行支援についての役割をますます推進していかなければならないと思います。同時に、そのことは、必然的に入所施設の利用を望んでいる多くの強度行動障害を伴う方々の受け入れと支援を行うことになります。そして、入所施設は強度行動障害を伴う人たちの支援についての専門性を蓄積しなければ、すなわち入所施設として、その役割を強化しなければ、施設の存続は危ぶまれるという状況が必ず訪れてくると思っています。
 そのような状況を考えると、「高井田苑」における職員の利用者虐待事件は、まさに今後の私たち課題であると言えます。
 今回の「高井田苑」における不幸な事件を受け止め、社会からの入所施設に対する信頼を取り戻すには、さらにこのような事件を温存させる要因をひとつでも排除していくためにも、私たちは、強度行動障害を伴う人たちなど、支援に極めて困難性が伴う利用者の積極的な受け入れと、その支援に対する専門性を構築するためのより一層の努力をぜひともしなければならないと思います。またそれ以外の入所施設の進むべき道はないと思っています。
 私は、次回でもお伝えしようと思いますが、障害程度の重軽により人員配置基準やサービスに対する報酬単価を決定していくという障害者自立支援法の考え方は正しいと思っています。しかし、その理念『共生社会の実現』と制度設計に様々な課題を抱えていることも事実です。強度行動障害を伴う人たちの入所施設での受け入れについては、施設側の課題とともに、制度的な課題も多くあります。その課題解決に向けた取り組みも重要な課題としてあります。 私たちは、「高井田苑」における職員による利用者虐待の事件を自身の問題・課題として受け止め、今後の入所施設の役割について大いに議論し、利用者支援についての専門性と支援サービスの向上に向けた着実な一歩を踏み出すことこそ私たちに課せられた大きな責任であると思っています。

掲載日:2008年02月14日