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第11回

利用者虐待について考える ~その1 利用者支援面より~

 


 先週、大阪柏原市の知的障害者入所更生施設「高井田苑」での職員による利用者に対する虐待の事実が朝日新聞によって伝えられました。
 記事によると施設幹部ら中心的な職員が主導して、他の利用者や職員に乱暴したり指示に従わなかったりした利用者を拳や平手で叩いたり、蹴ったりしたとのことでした。また幹部職員は「言うことを聞かないのは、なめられているからだ」と力で従わせる必要性を説いていたとの職員からの証言もあったことも明らかにしています。
 施設職員による利用者に対する虐待・暴力は明らかに犯罪そのものです。この事件を通して、再度私たち対人援助専門職としての倫理と価値について捉えかえすとともに、再発防止についての具体的な対策を講じる必要があると考えています。
 記事によると自分の手をかんで傷つける、他人を叩く、物を壊すなど対応の難しい強度の行動障害を伴う利用者も多いとのことです。また施設開所当初より施設職員による利用者に対する暴力的対応があったとのことから、この事件の背景として、職員の人権意識、倫理観、利用者個々に対する障害特性や問題行動の理解と対応についての職員の支援力とスーパービジョン(super vision)を含めた支援体制のあり方などに大きな問題があったように推測されます。
 以前、「松上利男の一言」で、「行動障害を伴う利用者から学んだこと」でもお話ししましたが、私が「京北やまぐにの郷」施設長の時に、多くの行動障害を伴う利用者の行動改善の取り組みを行いました。行動障害についてごく簡単に説明しますと、行動障害の成因は、障害特性など「本人のもつ原因」と他者からの不適切な対応や本人を取り巻く環境などの「成育環境側の要因」との相互交流の結果として、行動障害が誘発されます。例えば、他者に対する咬みつき行為の激しかった自閉症を伴う知的障害のある女子利用者のケースを例に挙げて説明します。彼女の「本人の原因」は、自閉性障害の特性である対人関係(社会性)・コミュニケーション・想像力の障害や感覚刺激の問題、特にガサガサした騒がしい状況が感覚的に耐えられない、見通しのもち難さなどが問題行動を誘発するベースとしてありました。そして彼女は、他者からの注意獲得の方法として、他者に咬みつけば親や教師からの注意が得られる(叱られても注意を得たことになる)という誤った学習を何かがきっかけとなり、学齢期ぐらいにしてしまうことになります。そして彼女が咬みついたときに、ある教師は本人を正座させて、「ごめんなさい」と謝らせるという対応をしました。またある教師は咬みつき返す(本人にも痛みを分からせる)という対応をしました。もうこの対応は教育ではなく、虐待です。父親は本人を叱るとよりひどく咬みつくので、他の家族に被害が及ばないように本人に咬まれるままという状態でした。この対応が「成育環境側の原因」です。ここでの対応の問題は、咬みつきという不適切な行動の原因を理解せず、場当たり的な対応をしていることです。そして、不適切な行動に報酬を与えて、誤学習を強化していることです。このような悪循環の結果として、「強度行動障害」ということになります。ここまでお話すれば、大方の方は、行動障害は行動障害のある本人の問題ではなく、本人を取り巻く周りの人たちを含めた対応や環境の問題であると理解されると思います。
 私たちは、彼女の行動障害の要因を理解した上で、他者に咬みつくためにとびかかるときに、本人を別室に誘導し、本人が落ち着くまで過ごしていただく、すなわち不適切な行動には注意を向けない(報酬を与えない)という対応をしました。また本人にとって意味のある行動(本人の好む織り作業)を準備して、作業ができて、咬みつき行為がなければシールというご褒美を本人に与え、そのシールが何枚か貯まれば、本人の好むこと(ポラロイドカメラで本人の写真を撮ってあげる)という最終のご褒美がもらえるように支援しました。同時に見通しがもてるようにスケジュールを写真で示し、他者に頼ることなく自立的に行動できるように支援しました。また本人の嫌なガサガサした環境を整理して、本人がリラックスできる環境を整えました。
 このように本人にとって意味のある作業という生産的な行動や活動を準備して、本人がどのように行動すれば良いのかということを本人の理解できるコミュニケーションレベルに合わせて、本人の取り巻く環境を整えることが、不適切な行動に対する大切な対応です。このような取り組みの積み上げで問題行動の改善が見られました。また支援者も彼女に学び、彼女とともに大きく成長したことも言うまでもないことです。
 対人援助の基本は、「クライアントの問題はクライアント自身が解決する」という利用者に対する絶対的信頼をベースにして、利用者の行動から利用者の抱える問題やニーズを理解し、その解決に向けた支援の中で支援者が利用者から学び、信頼関係を構築し、共に成長するというプロセスそのものです。「高井田苑」における利用者に対する虐待・暴力は、どのような言い訳をしても支援ではありません。
 「高井田苑」の事件の背景としてスーパービジョンのことについてお話ししましたが、職員が育つ仕組みが欠如していたように思います。
 スーパービジョンとは、スーパーバイザー(指導する者)とスーパーバイジー(指導を受ける者)との関係間における対人援助法であり、対人援助職員が援助専門職としての資質の向上を目指すための教育方法です。
 私は当法人の生活施設「萩の杜」開設時の職員採用にあたって、一部管理職を除いてほとんどの職員は大学新卒者で充てることとしていました。それは他の施設経験がない職員の方が白紙の状態で対人援助の方法を一から学んでいっていただけるだろう、その方が利用者支援にとっても良いと判断したからです。また法人の文化も一から作り上げることができるとも考えました。
 しかしそこで重要なことは若い職員が育つためのスーパービジョン機能の充実であり、何よりも優秀なスーパーバイザーの確保でした。そこで優秀なスーパーバイザーとして、私が白羽の矢で射とめたのが、当時社会福祉法人横浜やまびこの里で働いておられた中山清司さんでした。中山さんとは、私が「京北やまぐにの郷」施設長時代に、彼の和歌山大学大学院での修士論文の研究調査に協力した時からのお付き合いでした。
 「萩の杜」のスーパーバイザーとしてなんとしても中山さんに協力していただこうと、本人を説得し、やまびこの里の責任者である関水さんの了承を得て、中山さんには月に1週間程度、「萩の杜」のスーパーバイザーとして働いて頂くことが実現しました。この実現は、社会福祉法人北摂杉の子会と社会福祉法人横浜やまびこの里の二つの法人で、中山さんという人材(人財)を共有したことになり、画期的なことだと思っています。やまびこの里さんには今でも感謝しています。
 「萩の杜」利用者の半数が自閉症を伴う重い知的障害のある人たちであり、行動障害も伴っていました。開所当初は特に環境の変化もあり、利用者の示す激しい行動によって、手のひらの骨まで達する咬み傷を負った女子職員や拳で顔面を殴られて目の周りに青あざができた女子職員もいました。利用者にけられて骨折した男子職員が2名でるなど、毎日深夜までその対応についての協議が続けられていました。そのような状況の中で、中山さんは実際に支援現場に入り、若い職員に対して、行動観察の視点や分析、行動の理解と対応について、また記録の取り方に至るまで、利用者との支援の中でスーパーバイズして下さいました。そのスーパービジョンのプロセスを通して、若い職員たちは、日々の支援の中で、強い行動障害を示す利用者の行動改善が進み、安定した暮らしができる支援について、身をもって体験することになります。中山さんのスーパーバイズを受けた職員が、現在の法人を支える中心的な人材(人財)に成長しています。中山さんの支援がなければ、現在のような法人の成長はなかったといっても過言ではありません。
 「高井田苑」において、私たち法人が経験したスーパービジョンの機能が支援関係の中で位置づけられていれば、このような職員による利用者への虐待や暴力はなかったのではないかと思います。内部的なスーパービジョン機能がなかったとしても、施設外部の相談支援機関や医療機関などとの利用者支援についての連携、すなわち外部スーパービジョン機能にスーパーバイズを求める道もあったように思います。
 中山清司さんは、現在も私たち法人が運営する大阪府発達障がい者支援センターのスーパーバイザーの職にあります。私が委員をしている日本知的障害者福祉協会人材育成研修委員会の知的障害援助専門員通信教育テキスト「自閉症援助技術」の中で、彼は以下のように「問題行動解決のメカニズム」をまとめています。

 

1.問題行動の悪化(悪循環の構図)
問題行動の発生、認識⇒エピソードや思い込みによる仮説立て⇒場当たり的な対応(容認orスパルタor過度な薬物投与・・・)⇒よりストレスや混乱の高い状況、誤学習や失敗体験の増大⇒問題行動の悪化、固着化

 

2.解決のメカニズム(問題解決の構図)
問題行動の発生、認識⇒客観的で継続した記録・情報の共有、リサーチ⇒記録、個別化された評価に基づく分析と検討による仮説立て⇒対応計画の立案(PLAN-DO-SEEのプロセス)⇒・対応の統一、環境の整理(構造化) ・適切な行動を積極的に教える⇒問題行動の解決(ストレスや混乱が減り、やるべきことが明確になり、自立して活動ができるようになった

 

 「高井田苑」の虐待事例の発生メカニズムを上記「問題行動の悪化(悪循環の構図)」に基づいて解明すると問題点が明確になります。新聞記事の内容からそのことを考えて見たいと思います。
 先ず、幹部の「犬や猫でもトイレのしつけをすればできるようになる」「利用者は動物的な感覚を持っていて、どの職員が思いのままになるかならないか分かる」というエピソードや思い込みによる仮説立てを行っています。その結果、場当たり的な対応(スパルタ、虐待)を生み出し、そうした環境が利用者の更なるストレスの増加や混乱につながり、問題行動の悪化、固着化という循環になります。こういった日常的な状況が職員の利用者に対する虐待・暴力の常態化と終わりのない虐待・暴力・人権侵害の連鎖を生み出したのだと考えます。
 次回以降も「松上利男の一言」で今回の事件を多面的に考えて行きたいと思います。

掲載日:2008年01月31日